又吉新作が話題!“假日本人”を描く温又柔に心が動く

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又吉新作が話題!“假日本人”を描く温又柔に心が動く

[レビュアー] 小山太一(英文学者・翻訳家)

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すばる2017年4月号

 我々は「ホンモノ」「ニセモノ」とよく言うが、その基準は何だろう。温又柔真ん中の子どもたち」(すばる)の中でユーモラスに使われる「假日本人」(偽の日本人)という言葉は、そこを巧みに突いてくる。

 天原琴子は、父親が日本人の文化研究者、母親が台湾人。両親と日本に定住してからは日本語の環境で育った琴子だが、母の言葉である中国語を再び学ぶために上海に留学する。

 中国語、といっても、それは台湾では「國語」であり、大陸中国では「普通话」である。琴子の「南方訛り」は学校では矯正の対象だし、中国人の学生からは「(母親が台湾人なのに)どうしてその程度の中国語しか話せないの?」と問いかけられる。「どっちの中国語からも見放されている気分」と落ち込む琴子に、「假日本人」の龍舜哉は……。

 文化的な「正」と「誤」、「ホンモノ」「ニセモノ」の枠組みが楽天的にほぐされてゆく様子に心が動く。その楽天性を舜哉のせりふに込めてしまうやり方がいささか技術的に安直だが、この作者は書くべきことを確かに持っている。

新潮』には、『火花』で芥川賞を獲った又吉直樹の第二作「劇場」。すでに大いに話題になっているし、批評もさまざまに出るだろう。今はさしあたり、この芸術家小説が大変な熱意で書かれたであろうこと、芸術における「ホンモノ」と「ニセモノ」の違いに関して実に生真面目であることを指摘しておきたい。

 青木淳悟私、高校には行かない。」(文學界)は確信犯的なニセモノっぷりが太い。ヒロインの君島澪(みお)は中学三年生、東京西郊の「京玉線」沿線住まいで、父親は図書館勤め、母親は大学院に入り直して勉強中……と来れば、これはもうあからさまに、ジブリの『耳をすませば』だ。「やなヤツやなヤツやなヤツ」も、「替え歌カントリーロード」も、しっかり登場している。

 作者はあのアニメがよほど好きなのだろうが、仕上がりは好きが嵩じた似せ物(コピー)には程遠い。描線は微妙に、かつ歴然と歪みはじめ、遠近法が狂いだす。こういうものをしれっと出してくるとは、曲者(やなヤツ)ではないか。

新潮社 週刊新潮
2017年4月6日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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