小島慶子は短編集『浮遊霊ブラジル』をなにかと欲深いあなたに薦める

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

浮遊霊ブラジル

『浮遊霊ブラジル』

著者
津村 記久子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163905426
発売日
2016/10/24
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

小島慶子は短編集『浮遊霊ブラジル』をなにかと欲深いあなたに薦める

[レビュアー] 小島慶子(タレント、エッセイスト)

小島慶子
小島慶子

『浮遊霊ブラジル』。すごいタイトルだ。表題作の主人公の浮遊霊は旅に出るのだが、霊だからって瞬間移動ができるわけじゃなく、憑依に憑依を重ねてなかなか目的地にたどり着けない。行きたいのはアイルランド。ブラジルじゃなくて。でもブラジルに行っちゃうのが霊の悲しいところ。人生初の海外旅行を前に突然死したご老人が諦め切れずに浮遊しちゃうお話なのだ。
 収録されている7つの短編のうち4つに死とか霊とかが出てくるのだが、どれもあまり怖くない。津村さんにとって死んでいる人も生きている人も同じ人であるということは変わりがないようで、生死で人を区別しないところは非常にフェアな視点である。
 川端賞を受賞した『給水塔と亀』も味わい深いが、私が一番好きなのは『地獄』。バス事故に遭った仲良し二人組がそれぞれ「おしゃべり下衆野郎地獄」と「物語消費しすぎ地獄」に堕ちて、担当の鬼のことなんかをLINEでやりとりする。
「物語消費しすぎ地獄」に堕ちた主人公の担当の鬼は権田さんというのだが、わりと話しやすそう。でもさすがに地獄なので、いろいろ試練がある。刑事ドラマを見過ぎた罰で何度も殺される。殺人事件が解決されるのを見て楽しむのは大変な悪徳なのだそうだ。うわ、そんなことでも地獄行きか。では、友達が彼氏を連れてきたりするとすぐにこの二人のセックスは……と想像してしまう私なんかものすごく業が深そうだ。想像するって罪なんですか。
「おしゃべり下衆野郎地獄」に堕ちた主人公の友達・かよちゃんは西園寺さんという鬼が担当なのだが、これが不倫で悩んでおり、かよちゃんは試練プログラムとは別に西園寺さんの堂々巡りの不倫話を延々聞かされる羽目になるという文字通りの地獄。何しろかよちゃんと主人公は10時間雑談し続けることができるほどお喋り上手の聞き上手なので、まあだから地獄にも堕ちたわけだが、しかしそんな猛者がオチのない話を日がな聞くのはさぞ辛かろう。
 そういや私にもかつて非常に話の長い友人がいて、中目黒から日比谷線に乗り込んだところで「先週お母様とね」と話し始めて、「銀座にお買い物に行ったの」に辿り着くまでに六本木ヒルズに到着してしまったことがある。やれ母親の車がいつものベンツSクラスの代車のEクラスだったの、バッグを新調しようと思ったけど本当はいつも三越の外商なんだとか、バッグって言ってもうちは大抵モラビトなんだけど、あ、村人じゃなくてね、知らないでしょモラビト、などのどうでもいいセレブな注釈が入りまくるので全然結論にたどり着かず、お嬢様というのは人に話を遮られたことがないのだなと、姉に絶えず足をすくわれる油断ならない環境で育った私には大変新鮮な体験であった。
 生きていると人の数だけ地獄がある。その延長上に妙にリアルに存在する津村さんの描く地獄は、懐かしいうんざり感とほのかな人情味の漂う、案外悪くなさそうな所だ。なにかと欲深いあなたは、是非ご一読を。

太田出版 ケトル
vol.34 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

  • このエントリーをはてなブックマークに追加