『望』
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死を正面からとらえた「小説を超えた」小説
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
読み始めて「これは小説なのだろうか」と何度か考えた。ページを繰る内に「これも小説だ」と思った。本書は私小説のようでも、自己啓発本のようでもある。誰にもいずれ訪れる「死」を、どう受け止めていくのか。「死んだらどうなるのか」を主人公の体験を通して描く。
神田は、親友の葬儀の場で不思議な体験をする。それは妻を亡くした二十数年前にも起きたことだった。神田の身に起きた出来事は主観的なもので、どんな意味があるのかがわからない。読めば読むほど不思議に感じる。
「胸の一点が鋭い針のようなものに突き刺された感じ」「熱いものがその部分から噴き出してきた」など神田自身、最初は身の上に起きた変化に戸惑っていた。やがて亡き妻がこの不思議な現象に関わっていることに気づいていく。
妻・知美のガンが見つかった時、すでに全身に転移して医者からは「余命半年」と宣告された。知美は当初辛い治療に耐えていたが、自分の病気は治らないと知ると、病院へ行くことをやめると宣言する。
日本人の三人に一人がガンで亡くなると言われるが、おそらく身内にガン患者がいること自体、珍しくはないだろう。わたしの祖父と叔父は若くしてガンを患い、亡くなった。治療で苦しむのは患者当人だが、そばにいる家族や親族も別の辛さを抱え込んでしまう。しかしその辛さを治す術はない。
知美は西洋医学以外の療法を求めて積極的に行動し始め、生きる希望を取り戻していく。そんな妻の側にいながら、神田は知美の変化についていけないことを自覚していた。
死を目前にした妻と、その側にいる夫。夫婦であっても見える世界が違うのは当然だろう。ある時、知美はこう言って神田を驚かせる。
「ガンになったことに、私感謝している」
知美の言葉に反発を覚える神田だが、やがて知美は亡くなり、自らの身体に起きた出来事を通じて、妻の言葉の真の意味を理解し始める。
病は理不尽なものだ。患者の体質や生活習慣などが原因だと言われたとしても、簡単に納得できるものではない。それがガンだとすればなおさら―おそらく家族や友人、そして自分が病を得たときにしか死に向き合えない。いつか必ずその時がくるとわかっていても。
神田の不思議な体験を本書で追体験し、死への恐怖が薄れた気がする。
心の平穏をあたえてくれる小説だ。