<東北の本棚>兄妹それぞれの恋の闇

レビュー

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宮沢賢治の真実

『宮沢賢治の真実』

著者
今野 勉 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103506812
発売日
2017/02/28
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

<東北の本棚>兄妹それぞれの恋の闇

[レビュアー] 河北新報

 「猥(な)れて嘲笑(あざ)めるはた寒き」。書き出しの漢字の読み方も分からない、不穏な雰囲気をたたえた無題の文語詩との出合いが、そもそもの始まりだった。宮沢賢治作品に長年親しんできた著者が、ふと目にしたこの異様な詩の背景に分け入り、やがて新たな賢治像へとたどり着く。
 明かされるのは賢治と二つ下の妹とし子がそれぞれ内面に抱えた恋の闇だ。花巻高等女学校の優等生であるとし子は音楽教師への片思いを地元紙にスキャンダルとして書き立てられ、古里を追われるように東京に進学する。賢治は盛岡高等農林学校の親友保阪嘉内に対する恋情に打ち震え、後年の詩「春と修羅」で「おれはひとりの修羅なのだ」とつぶやく。
 とし子、賢治いずれの「恋愛」も本人の手記や書簡などの先行研究で既に明らかになっている。著者は妹の苦悩を兄がいつ、どんな形で知ったか慎重に推理する。その結果、24歳で病死するとし子を悼む詩「永訣(えいけつ)の朝」が、かつてないほど重い絶唱であることに気付かされる。
 全400ページのノンフィクションは、兄妹の古里である花巻の大正時代の町並みはもちろん、政治状況、家の間取り、当日の気象、星座の見え方まで調べ上げ、創作の現場を克明に再現する。未完の童話「銀河鉄道の夜」は初稿から3度にわたる改稿全てを検討し、物語の変遷をたどった。賢治が登場人物に託したとし子と保阪への思慕や、孤独と向き合う覚悟を読み解く。
 独創性豊かな賢治作品は多くが難解だ。真実を探る旅は、一つの謎解きが別の謎を呼び、目的地がなかなか見通せない。本書には複雑なトリックが張り巡らされたミステリーと、事実を積み上げ常に文献に立ち返る誠実なドキュメンタリーの両方の魅力が詰まっている。
 著者は1936年秋田市生まれ、東北大文学部卒。TBSを経て番組制作会社「テレビマンユニオン」創設に参加。数々の名作を手掛けた。
 新潮社03(3266)5111=2160円。

河北新報
2017年6月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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