『南風吹く』
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高校生たちへの謝辞。
[レビュアー] 森谷明子(作家)
俳句甲子園を題材に小説を書きたい。
ある時そう思いついたまではいいが、私は俳句に関してずぶの素人だ。にわか勉強として入門書を読み漁るかたわら、師を探し、句会の末席を汚し……と、思いつくままアプローチを開始した。
一方、俳句甲子園そのものも、知らなければ話にならない。大会規定を熟読し、過去の記録を調べるだけでは足りない。やはり現場を取材しなければ。
小説の連載開始は初夏。年一回夏に開催の俳句甲子園は、執筆しつつ取材を並行することとなってしまった。
季語「南(みなみ)風(かぜ)」――俳句では「みなみかぜ」「みなみ」「はえ」他、さまざまな読み方をする――を実感したのは、地方大会、神奈川会場だった。夏の季節風、野山の匂いのする南風に託して、進路選択の決意を詠んだ高校生がいたのだ。南風の吹く季節は、将来に迷う高校生にふさわしいと教えられた。
二か月後には全国大会会場、松山大街道商店街を歩いた。
昼時。私の前で観戦していた制服姿の女子高生が立ち上がり、会場からほど近いベーカリーに入っていった。つられるともなく後に続くと、彼女は白いエプロンと三角巾を付けてレジに立った。高校生の大会とは言え、地域にとっては経済効果を期待する町おこしイベントでもある。彼女は、友人を応援しつつ全国から集まる参加者には頭を下げて迎える立場で、サンドイッチを頼んだ私にも明るく応対してくれた。
俳句甲子園を扱った小説『春や春』は無事に刊行できたが、連載途中出会った高校生は登場人物にできなかった。そんな彼らのことを、次作の話を頂けた時、真っ先に思い出した。
だから、『南風(みなみ)吹く』は彼らの小説である。
名乗り合うこともなかった彼ら、ほかにも俳句甲子園で出会った数知れない高校生全員に、この場を借りて感謝申し上げる。