『GIプリン』
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父が告白した「戦争」
[レビュアー] 渡辺淳子(作家)
昭和十五年に生まれ、進駐軍キャンプの近くで育った父は、よく私に自分の子供時代の話を聞かせた。だから父の初恋のアメリカ女子の名前も、進駐軍兵士が家の畑のねぎを、夜中になぜか盗んで行ったことも、私は知っていた。
「俺の話を聞け~♪」とばかりに饒舌な父だったが、ただひとつ、歯切れが悪くなるときがあった。それは「パンパン」と呼ばれた、いわゆる「闇の女」について話すときだ。父はまだ小学生だったのに、ただならぬ交流があったようで、やけに詳しかった。不思議に思ってたずねるのだが、どこで仲良くなったかは、必ずはぐらかされた。
もしかしたら祖父母は、進駐軍兵士相手の置屋を営んでいたのかもしれない。そんな疑念がいつしか私の中に生まれた。まだ若かった私は、「闇の女」への偏見もあり、亡き祖父母、ひいては父にも少なからず嫌悪感を抱いた。
月日は流れ、私もいい歳になった。父も老い先短いだろう。なぜ、映画へ連れて行ってもらったり、宿題を見てもらうほど、「闇の女」と仲が良かったのか。今のうちに聞いておくべきだと考えた私は、あるとき思い切ってたずねてみた。
すると、父も同じ気持ちだったか、正直に告白してくれた。実は子供時分に「闇の女」が家に間借りしていたのだと。当時は近所のほとんどの家に、闇の女が住んでいたという。
性質の悪い商売でなくホッとしたが、下宿させるってのもどうよ。急に興味をそそられた私は、早速資料にあたった。闇の女の中には、自らの肉体とサツマイモとを交換することから始まった人もいたという。
もし私があの時代にいたら、生きのびるために春をひさいだかもしれない。子供を育てるためなら、手段も選ばない、いや、選べないかもしれない。そんな想像すら真剣にせず、勝手な偏見を抱いていた私だが、この小説を書いた今、ほんの少しだけれど、「戦争」を理解できた気がしている。