『盤上の向日葵』
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将棋世界の明暗を硬派に描く清張系の社会派ミステリー
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
プロデビュー以来勝ち続け、ついに連勝記録を更新したといえば、ご存じ将棋界の風雲児・藤井聡太四段だが、本書にはその藤井四段を髣髴させる天才棋士が登場する。
一九九四年一二月、埼玉県のふたりの刑事が山形県の天童駅に降り立つ。地元では折しも将棋のタイトル戦、竜昇戦が行われていた。史上初の七冠制覇を狙う壬生芳樹竜昇と東大卒のエリート・上条桂介六段の対決は三勝三敗のタイで最終戦までもつれ込んでいた――。
物語本篇はそこから一旦四ヶ月前に遡り、さいたま市大宮郊外の山中で男性の白骨死体が発見された事件の捜査会議が開かれるところから動き出す。死体の身元は不明だが、現場からは希少な将棋の駒も発見されており、大宮北署の若手刑事・佐野直也巡査は県警捜査一課の石破剛志警部補と組んでその捜査に当たることに。
佐野は棋士の養成機関・奨励会の元会員で、石破は腕利きだが変わり者で知られる捜査官。ふたりはこの世に七組しか存在しない超高級品である駒の持ち主を追って日本各地に足を延ばすが、それと並行して、時間をさらに四半世紀遡って、長野県諏訪市在住の元教師・唐沢光一朗の身に起きた出来事が描かれていく。将棋ファンの唐沢は、自分の捨てた将棋雑誌をゴミ回収場から抜き取っていく輩に気付き、犯人を突き止めようとするが……。
著者は二〇一六年、映画『仁義なき戦い』シリーズに触発された警察小説『孤狼の血』で日本推理作家協会賞を受賞、話題を集めたが、それとはまた一味異なる勝負の世界に生きる男たちの姿を鮮やかに描き出した。やがて白骨死体の事件と唐沢のエピソードをつなげる人物が浮かび上がってくるが、賭け将棋の“真剣師”の存在など、将棋世界の明暗とともに現代社会の悲劇の一端をも切り取ってみせる。この著者ならではの硬派な筆致が光る、松本清張直系の社会派将棋ミステリーだ。