断罪された側の声を聞き届ける

レビュー

6
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おクジラさま ふたつの正義の物語

『おクジラさま ふたつの正義の物語』

著者
佐々木 芽生 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784087816082
発売日
2017/08/25
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

断罪された側の声を聞き届ける

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 日本のイルカ(小型鯨類)追い込み漁を取材したドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」。アカデミー賞を受賞したあの映画は、いまにして思えば「ポスト・トゥルース」の先がけ的作品だったかもしれない。事実かどうかはさほど問題ではなく、自分たちの主張に沿った映像をつなぎ合わせ、マグロの映像も混入させてイメージ操作し、訴求力のあるストーリーをつくり出すことに力を注ぐ。

 本書はその「ザ・コーヴ」から受けた衝撃・不快感をきっかけに、映画の舞台となった和歌山・太地町の取材を始めた映画監督によって書かれたものだ。同名のドキュメンタリー映画も現在、公開されている。著者はアメリカ在住で、欧米の反捕鯨世論の強さを熟知している。多勢に無勢、蟷螂の斧であることを知りながら、というより、だからこそ、一方的に断罪された側の声を聞く、この地味で困難な仕事に着手したのだろう。

「ザ・コーヴ」公開後、太地町役場には残酷な追い込み漁を止めるよう、世界中から抗議のファックスが殺到。活動家が漁師の動向を監視するような状況が続いた。取材者への警戒心が最大限に高まるなか、太地町の立場を取材して発信するために現地に出向く。時間をかけて漁師たちと対話を続け、最終的には報道陣の乗船を禁じていた追い込み漁の船に乗ることにも成功する。驚くべき粘り強さだが、映画を制作中であることを取材された記事が英語でも配信されると、世界中から嫌がらせのコメントが届いた。

 本の中での著者の立場は、単純に「ザ・コーヴ」の世界を反転させよう、というものではない。反捕鯨の急先鋒シーシェパードの活動家にもその意図を聞くし、太地町の町長ほか役場の職員にも、両者を対話させようとする右翼団体の男性、長期取材するために太地町に移住した元AP通信記者、日本の反捕鯨運動家の女性にも会いに行く。映画の単純な構図では見落とされている地域と捕鯨との歴史的なかかわり、異なる文化を簡単に裁く難しさをきちんと描く。

 面白い発見もある。たとえば「ザ・コーヴ」で「政府やメディアが隠蔽している」とセンセーショナルに非難されたイルカ肉に含まれる水銀の問題である。クジラを食べる太地町民の毛髪水銀濃度は実際、驚異的に高いが健康被害はまったく認められない。クジラの体内には時間をかけて水銀を無毒化する仕組みがあるため、肉を食べても中毒症状を起こさないというのだが、これはまるで異文化理解の要諦のようである。

「ザ・コーヴ」の世界的な影響力に、誠実な「おクジラさま」は太刀打ちできないかもしれない。だが、誰かがこの問題に興味を持ったときには必ず、その足元を照らす貴重な一冊になる。

新潮社 新潮45
2017年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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