【文庫双六】仏人も西部小説を愛好 バルザックにも影響が――野崎歓

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

仏人も西部小説を愛好 バルザックにも影響が

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

【文庫双六】テレビ映画の全盛期輝いていたウエスタン――北上次郎
https://www.bookbang.jp/review/article/550291

 ***

 ウェスタンといえば映画の西部劇をすぐ連想する。しかし元来は映画誕生以前に、小説でまず人気のジャンルとなった。これが日本に広まらなかったのは、「西部小説の翻訳叢書はことごとく失敗してきた」と北上さんの仰るとおりだ。

 フランスに目を向けてみると意外な事実が浮き彫りになる。アメリカの西部小説は19世紀、盛んに翻訳紹介され、愛読された。文学者たちにも多大な影響を与えたのである。

 最も人気を呼んだ作品がフェニモア・クーパーの『最後のモヒカン族』。以前ダニエル・デイ=ルイス主演で映画化されたときわが国でも文庫になったが、残念ながら今では絶版だ。

 このクーパー作品、アメリカで刊行された年(1826年)にすぐ仏訳が出た。むさぼり読んだのがバルザックである。ぱっとしない三文小説書きだったバルザックだが、クーパーを読んだのち書いた長編『ふくろう党』(1829年)で俄然、大作家の道を歩み始める。

『ふくろう党』はフランス革命に反旗を翻した者たちの戦いを描く。バルザックは始め『最後のふくろう党員』という題にしようとしていたのだから影響は歴然だ。革命に抗い王政に殉じようとする者たちが、白人に抵抗するインディアンの如く精気あふれ、威厳に満ちた姿で描かれている。

 その発展形が『暗黒事件』(1841年)である。こちらは革命後、ナポレオンが覇権を握った時期のドラマだ。ナポレオン打倒の陰謀が渦巻く中、貴族の名家が危うい状況に引き込まれる。

 革命に対する恨みに加え、ナポレオンへの憎しみに燃え上がる貴族たちの姿は、ここでもやはり西部小説の成分を感じさせる。とりわけバルザック最高のヒロインともいわれる若き伯爵嬢ロランスが馬で森を疾駆するイメージは、その高貴な「野性味」が魅力的だ。

 ちなみにバルザックを痺れさせた190年以上も前の仏訳が、いまだに文庫で現役なのだから、フランスの出版界も読者も頑固である。

新潮社 週刊新潮
2018年4月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク