【自著を語る】胸が熱くなった書店員さんの言葉――植松三十里『かちがらす 幕末を読みきった男』

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胸が熱くなった書店員さんの言葉

[レビュアー] 植松三十里(小説家)

植松三十里
植松三十里

 それは初めて聞く言葉だった。

「本、売り切れました!」

「もう追加注文したので早く配本してください!」

 歴史小説家になって十五年で、単行本の文庫化を含めれば著作は五十冊。けっこう頑張っている方だと思う。そんな中で、たまには「売れてます」という言葉を聞くことはある。口幅ったい言い方ではあるが、内容を誉めてもらえることも、そう珍しくはないし、特に去年、文庫化した『千の命』に関しては、「泣きました」という感想を何度も耳にした。

 でも、よもや「売り切れました!」が飛び出そうとは。『かちがらす 幕末を読みきった男』は九州の佐賀藩主が主人公の歴史小説で、地元佐賀の書店さんの言葉ではあったものの、単行本が売れないと言われて久しいご時世だけに、ただただ耳を疑った。さらに驚いたことに、発売からわずか一週間で重版が決まった。

 この作品は、もともと佐賀県庁から「明治維新百五十年を記念して、『薩長土肥』の肥前佐賀藩をテーマに、地元新聞で連載を」というオファーがあり、それならと、幕末佐賀の名君、鍋島直正を取り上げたのだ。

 私は歴史的に人気のない人物や、歴史に埋もれた人物を、よく主人公にする。そんな人にも言い分があると思うからだ。特に鍋島直正は洋式技術の開発に尽力し、日本の近代ものづくりの開祖というべき人なのに、誤解される部分が多く、歴史的な評価が低い。だからこそ「幕末の佐賀藩はすごかった」と訴えたかった。なぜ「薩長土肥」に名を連ねたのかも知ってもらいたかった。

 しかし、お殿さまだけに詳細な記録があり、いい加減なことが書けない。現地取材の段階から、地元の郷土史家や図書館の方など専門家にサポートして頂き、そうとう頑張って書いた。

 好評のうちに佐賀新聞での七ヶ月間の連載が終わり、単行本が出ることになった。すると佐賀県で「明治維新百五十年」イベントの一環として、プロモーションを仕掛けてくれることになり、また九州へ出かけた。

 地元でのシンポジウムには、佐賀大附属中学出身で、俳優の陣内孝則さんが来てくださって『かちがらす』を激賞。普段は家にこもって原稿ばかり書いているので、あまりの華々しさに、私は正直、どこか違う世界に入り込んでしまったような感じがした。

 翌日は担当編集者と一緒に、佐賀市内と近郊の書店まわり。そこで冒頭の言葉を聞いたのだ。もちろんプロモーション効果は大きいが、今後、どうやって拙作を売っていくか、熱く語ってくれた書店員さんもいた。

「僕は定年を迎えますが、その前に、この本と出会えて、本当によかったと思っています」

 地元本とはいえ、そこまで言ってくださるのかと、思わず胸が熱くなった。

 私は今まで文句ばかり言っていた。なぜ本が売れないのかと。だが、そんな書店員さんの言葉を聞いて、出版は団体競技なのだと、初めて気づいた。

 私は若い頃に雑誌の仕事をしていたので、前々から編集の力は理解しているつもりだった。いわば作家がピッチャーで編集者はキャッチャー。ピッチャーが好きな球を投げることもあれば、「こんな題材を」というキャッチャーのサインに応じることもある。

 でも二人でキャッチボールしているだけでは意味がなかった。出版社という監督がいて、営業、取次、書店、そのほかいろいろな方が守備についてくれて、初めて読者という観客を沸かせられるのだ。

 今のところ編集も営業も、佐賀の書店さんも読者の方々も、みんな喜んでくれている。県庁でも私に任せてよかったと言ってくれる。人の役に立つって幸せなことだなと、しみじみ感じつつも「幕末の佐賀藩はすごかった」と、もっともっと全国に伝えたいと願っている。

小学館 本の窓
2018年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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