【ニューエンタメ書評】谷津矢車『しょったれ半蔵』、石川宗生『半分世界』ほか

レビュー

9
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • それまでの明日
  • しょったれ半蔵
  • かちがらす
  • 邪馬台戦記
  • 雲上雲下

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

新学期・新生活の季節ですね。
春爛漫のあたたかな陽気のなか、気分転換に新しい本を持って外出してみませんか?
注目の作品をご紹介します。

 ***

 寡作として知られる原尞は、今年デビュー三〇周年を迎える。この節目を記念して、『愚か者死すべし』から一四年ぶりとなる私立探偵・沢崎シリーズの新作『それまでの明日』(早川書房)が刊行された。これは著者のファンだけでなく、ハードボイルドを愛するすべての人の渇きを潤すことになるだろう。

 渡辺探偵事務所の沢崎は、望月皓一と名乗る金融会社の支店長から、赤坂の料亭の女将の私生活調査を頼まれる。すぐに沢崎は、当の女将が亡くなり顔立ちが似た妹が跡を継いだ事実を知る。調査を終了すべきか迷った沢崎は、望月が勤める金融会社へ向かうが、そこで強盗事件に巻き込まれる。沢崎は、人材派遣会社を経営する海津一樹と連携して事件を解決するが、帰社時間を過ぎても戻ってこなかった望月は姿を消し、望月のマンションからは男の死体も発見された。沢崎はなぜか気の合った海津と、望月の行方を追うことになる。

 複雑なプロットが意外な形で収斂していく緻密な構成の中に、レイモンド・チャンドラーを敬愛する著者らしい洒落た警句を織り込んでいく手法は今回も健在である。ただ沢崎がまったくブレないからこそ、前作からの一四年間で、日本人の労働観、家族観、金銭感覚がどれほど変容したかが逆説的に照射されているのだ。チャンドラーは、麻薬やポルノ、家庭崩壊に苦しむアメリカの病理を明らかにしたが、著者はこうしたハードボイルドの精神も受け継いでいるのである。

 谷津矢車『しょったれ半蔵』(小学館)は、徳川家康に仕えた服部半蔵正成を主人公にした忍者小説である。

 忍びの服部半蔵の長男として生まれた正成は、幼い頃から家業を嫌い渡辺守綱の郎党になる。しょったれ(半端者)と呼ばれながらも武士として生きていた正成だが、父が宿敵・梟との戦いで敗死し、二代目を継ぐことになってしまう。

 この作品は、姉川の戦い、三方ヶ原の戦い、正室の築山殿と嫡男の信康の粛清、神君伊賀越えなど、家康のターニングポイントになった事件の裏で、正成が暗躍していたとの奇想で歴史を読み替える正統派の伝奇小説である。忍者ものらしく迫力のアクションもあれば、息詰まる頭脳戦を描くミステリタッチの章もありサスペンスあふれる展開が続く。

 家業を継いだ後も忍びを嫌っていた正成が、無理難題を押し付けてくる家康には逆らえず、仕方なくプロジェクトを成功に導く方法を考え危険な現場に向かうだけに、組織の中で生きる個人の悲哀を描くお仕事小説としても秀逸である。

 忍びを否定し、父も拒絶していた正成だったが、父を殺した梟と何度も戦ううちに、自分は何者か、家族とは何かを考えるようになる。家族を嫌っていても肉親の情は断ちがたいと悩んでいる人は、本書のラストには共感も大きいはずだ。

 植松三十里『かちがらす』(小学館)は、幕末に殖産興業による富国強兵を行った佐賀藩主の鍋島直正を描いている。著者は技術の視点で幕末を切り取る作品を得意としており、一冊の蘭書を頼りに大砲造りに取り組んだ佐賀藩士を描いた『黒鉄の志士たち』を発表している。本書は大砲の製造が前半の山場なので、著者が満を持して発表したことが分かる。

 長崎の警備を担当する佐賀藩は、欧米列強の脅威を痛感しており、直正は日本を属国にしないために欧米の新知識を学び始める。その直正に欧米と同じ性能の大砲を造ることを命じられた家臣たちが、試行錯誤しながら鉄を精錬する反射炉を建設するところは『プロジェクトX』のような面白さがあり、短期間で最新の技術を習得した幕末の佐賀藩士には、技術立国・日本の原点を見る思いがする。

 東郷隆が古代史に挑んだ『邪馬台戦記Ⅰ 闇の牛王』(静山社)は、生口(奴隷)として大国クナ国に連れて行かれることになったウクイ村の村長の息子ススヒコと巫女体質の美少女ツナテを描くロマン豊かな冒険譚である。

 博覧強記の著者は、波乱に満ちた物語の中に、『魏志倭人伝』の記述をベースにした斬新な歴史解釈を織り込み、当時の政治、経済、文化、宗教もリアルに再現している。ジュヴナイルなので圧倒的な情報量に若い読者がついてこられるか不安もあったが、少年少女は子供扱いされるのが嫌いな面もあるので、これくらい硬派の方が喜ばれるかもしれない。今年一月に亡くなったアーシュラ・K・ル=グウィンの代表作『ゲド戦記』が好きなら、世代を問わずお勧めできる。

 邪馬台国ファンは、著者が九州説か畿内説かが気になるだろうが、それは実際に読んで確認していただくとして、オリジナリティあふれる説ということだけは指摘しておきたい。日本人はどこから来たのかという問題にも触れながら進む壮大な物語が、今後どのような展開になるか楽しみでならない。

 日本のファンタジーは、中世ヨーロッパや古代中国の世界観を使った作品が多い。それに対し朝井まかて『雲上雲下』(徳間書店)は、日本に古くから伝わる民話、昔噺をベースにした和製ファンタジーを作り上げている。

 物語は、長く生きる「草どん」が、子狐に昔噺を語ることで進む。正直者の爺と婆が報われる「だんごころころ」は善悪の構図が反転するミステリに、「浦島太郎」は竜宮城における権力抗争のドラマに変じるなど、昔噺が現代風にアレンジされている。口承で伝わった昔噺は時代や場所によって差があり、鬼退治に行く少年が桃から出てきたなどの“型”が決まり浸透するのは明治以降とされる。この“型”を破壊した本書は、昔噺を様々なバリアントがあった口頭伝承の昔に戻すことで、物語のパワーを取り戻す試みとしても評価できる。

 やがて昔噺の語り手「草どん」が、物語内で重要な役割を果たすなど枠物語の構造そのものが侵食されていく。場所も時代も渾沌とする終盤は、物語を次世代に語り、若者が物語から教訓を得る習慣が途絶えたことで起きるモラルの変容にまで主題が広がる。現代の“語り部”からの警鐘は、読書離れが進む時代を生きる一人一人が重く受け止める必要がある。

 将棋の藤井聡太が快進撃を続け、将棋の羽生善治と二度目の七冠制覇を成し遂げた囲碁の井山裕太が共に国民栄誉賞を受賞するなど、囲碁、将棋に注目が集まっている。『謎々 将棋・囲碁』(角川春樹事務所)は、囲碁と将棋を題材にしたSF、ミステリを集めたタイムリーなアンソロジーだ。

 囲碁好きの夫婦の妻が、リビングの隅にある碁盤に頭をぶつけて倒れる新井素子「碁盤事件」は、この事件の真相をめぐり家具やぬいぐるみが推理合戦を繰り広げるファンタジックな物語だが、論理的な謎解きはミステリとしても面白い。人類が滅びた未来が舞台の葉真中顕「三角文書」は、発掘された棋譜から人類が何をしていたのかを推理するユーモラスなSFミステリ。脳と機械を繋いだ祖父と囲碁を打つ孫娘を描く宮内悠介「十九路の地図」は、心温まる物語。奇妙なルールの将棋が、駒たちの語りで進む深水黎一郎「〓7五歩の悲願」、囲碁を教える祖母に引き取られた少女を主人公にした千澤のり子「黒いすずらん」は、最後の最後まで結末が読めない秀逸な本格ミステリである。瀬名秀明「負ける」は、人間とAIとの戦いに関係した人々の苦悩に迫るアクチュアルな物語となっていた。本書は一話完結だが、各編にゆるやかな繋がりもあるので、それを探しながら読むのも一興だ。

『謎々 将棋・囲碁』にも参加した宮内悠介は、二〇二〇年と先の大戦末期の東京が二重写しになる現象が起こる芥川賞の候補作を表題作にした短編集『ディレイ・エフェクト』(文藝春秋)を刊行した。著者は現代の世界が直面する、国家、経済、宗教、人種、民族などの問題をテーマにしたシリアスな作品を発表しているが、短編集『超動く家にて』(東京創元社)は対照的におバカなネタのSFとミステリを集めている。

 回転するチベットの仏具マニ車を模した構造物で殺人が起きる表題作、ヴァン・ダインの二〇則が支配する世界が出てくる「法則」などはミステリ好きなら、サイバーパンクの巨匠ウィリアム・ギブスンと村上春樹を融合した「クローム再襲撃」、宇宙ステーションの中で人生を賭けた野球盤勝負が始まる「星間野球」などはSF好きなら思わずニヤリとすること間違いなし。特に「トランジスタ技術の圧縮」は出色。トランジスタを集積して小型化する技術小説かと思いきや、実在の雑誌「トランジスタ技術」から広告ページなどを抜いて薄くする奇妙な競技を描く脱力の物語になる。おバカなネタが連続するが、その中には“毒”を秘めたものもあるので、ライトな作品と油断していると足をすくわれてしまうだろう。

 石川宗生『半分世界』(東京創元社)は、ごく普通の吉田大輔が、突然、一九三二九人になる創元SF短編賞の受賞作「吉田同名」を含むデビュー短編集。縦に半分になった家で暮らす一家と、向かいのアパートで一家を観察する人たちを描く表題作、三〇〇年にわたり奇妙な競技を続ける町を舞台にした「白黒ダービー小史」、九九九の路線が乗り入れる十字路で、いつ来るか分からないバスを待つことになった主人公を追う「バス停夜想曲、あるいはロッタリー999」と収録の四作は、いずれもアイディアが卓越していて、最後までどこに着地するか予想できない。

 一万人を超える人間が法の狭間に落ちたまま収容施設での生活を強いられる「吉田同名」は、避難所で暮らす災害被災者や難民を彷彿させるし、舞台のようになった家で暮らす一家をひたすら追い掛け、細部を記録、分析する人たちが出てくる表題作は、アイドルや鉄道のマニアの戯画に思えるなど、多様な解釈を許す懐の深さも本書の魅力になっている。

 草野原々『最後にして最初のアイドル』(ハヤカワ文庫)は、ハヤカワSFコンテスト特別賞と星雲賞日本短編部門を受賞した表題作を含むデビュー短編集。自殺したアイドルが、友人に脳を保存され身体を改造されていく表題作は、『ラブライブ!』の二次創作の改稿だったことも話題を集めた。声優が宇宙を駆けて殺し合いを行う「暗黒声優」などの全三編は、オタク文化を、宇宙とは、意識とは、進化とは何かにリンクさせるぶっ飛んだ発想力に驚かされた

角川春樹事務所 ランティエ
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

  • このエントリーをはてなブックマークに追加