人生リセットを試みた同性愛者 台湾出身作家のデビュー作

レビュー

7
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独り舞

『独り舞』

著者
李 琴峰 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062209519
発売日
2018/03/29
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

排除された者に声を与える台湾出身作家のデビュー作

[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)

 人生をいったんリセットして、すべてをやり直したい。多くの人が、一度はそう思ったことがあるだろう。本書の主人公は、生まれ育った台湾を「半ば逃亡のような気持ちで」脱出し、現在は東京のオフィスビルで働く。名前さえも、迎梅(インメー)から紀恵(のりえ)と日本風に変え、「超ノリノリの趙紀恵」として振舞う。自分が同性愛者であることも、台湾で精神科に通院していたことも、職場では隠している。

 いわば複数の自己を使い分けることで、彼女は人生の息苦しさを回避する。しかしこの方策でも解消できないのが、宿命のように背負わされた孤独である。小学校で同級だった少女の死や、高校時代の終わりに経験した悲惨な「災難」により、彼女は精神的な孤立を深める。いや、他者との関わりを断つことで、彼女は自分を護るのだ。

 東京で出会った同性の恋人に対し、この孤独を理解してもらおうと、ついに彼女は「災難」のことを告白するが、「メンヘラ」と罵倒され見捨てられる。セクシュアル・マイノリティーの「同志」も、彼女の孤独には届かない。彼女の方も、周囲の同情を素直に受け容れられず、しばしば他人との関係を壊してしまう。

 そんな彼女を絶望から救うのが文学である。小学校の卒業後、死んだ少女を悼む詩を書いて精神の安定を恢復し、高校では文学の趣味が一致する友人と恋に落ちる。同性への愛を描いた台湾作家、邱妙津を耽読し、邱の作品を介して村上春樹などの日本文学にも興味を抱く。

 ただし本書は、文学の治癒力に全幅の信頼を置いてはいない。件の「災難」のあと、彼女は創作ができなくなるし、邱妙津が自殺したのも作中にあるとおりだ。しかし、たとえ救済が約束されていなくとも、社会から排除された者に文学が声を与えることに、本書は気づかせてくれる。台湾、中国、日本の文学への教養と、書くことの必然性を感じさせる作者の今後に期待したい。群像新人文学賞優秀作。

新潮社 週刊新潮
2018年6月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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