【聞きたい。】折原一さん 『ポストカプセル』
[文] 三保谷浩輝
■「歳月の重み」が生むドラマ
ある日、15年前に投函(とうかん)された手紙が届く。「ポストカプセル」と書かれたビニールに包まれ、表面にはこうも記されていた。《歳月の重みを感じとってください》。手紙の文面は-。
「科学万博(昭和60年)で、(16年後に配達する)ポストカプセルがあって、おもしろいと思っていた。亡くなったおじいさんや昔の自分からといった心温まるものならいいが、異常なケースだったらどうか」
本書に登場するのは、結婚を申し込み、返事を聞くために会う日時、場所を伝える手紙、人を殺して自殺するという遺書、脅迫状や文学賞受賞通知など。それぞれの受取人、送り主の戸惑い、喜怒哀楽と「歳月の重み」が織りなす人間模様が描かれる。
「今はメールもあるが、手紙はやりとりに時間もかかり、ドラマがある。まして15年もたっていると…」
そのドラマに折原さんの代名詞「叙述トリック」が深みを与える。物語や登場人物の設定、状況など読者の先入観、固定観念から事実誤認させ、ミステリーの迷宮に誘うもの。本書のネタは明かせないが、「長年続けてきた作風のまとめのような作品になった」。
くしくもバブル崩壊前、昭和末期のデビューから今年30年を迎えた。
「よく続いたなと。バブル崩壊後も出版界はバブルが続き、不況になった2000年ごろまでの蓄えで余裕ができた(笑)」「愚直に作風を変えなかったのもよかった。固定ファンがついてくれたので」と時代と読者への感謝も忘れない。
平成5年に発表、現在文庫の『異人たちの館』が今春の本屋大賞で書店員がもっと売りたい既刊書籍「超発掘本」に選出された。推薦者は高校時代に同書を読んだ感激から書店員になったといい、選出に折原さんは「作品が人の人生も変えた驚き、うれしさも。30年続いたご褒美ですかね」。
誰よりも歳月の重みを感じているか。(光文社・1700円+税)
三保谷浩輝
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【プロフィル】折原一
おりはら・いち 昭和26年、埼玉県生まれ。早大卒。会社員を経て63年、『五つの棺』でデビュー。平成7年、『沈黙の教室』で日本推理作家協会賞。