鎌倉でみつけた恋よりも特別な繋がり
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
【前回の文庫双六】山頭火と同じ放浪の詩人「無用の達人」山崎方代――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/555201
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山崎方代が住んだ鎌倉を舞台にした小説は、文学からミステリーまで数多い。迷いだすときりがないのでここでは現代エンターテインメントの最前線で活躍している佐藤多佳子の作品から『黄色い目の魚』を取り上げたい。
これは、木島悟と村田みのりの16歳の日々を描く長編で、悟が住んでいるのが葉山、みのりが住んでいるのは藤沢である。たしかに鎌倉は近いけれど、鎌倉そのものではない。しかし、みのりの叔父である通(とおる)ちゃんがイラストレーター仲間から借りたコテージ風の家は、「江ノ電の極楽寺駅から海のほうに十分くらい歩いた霊仙山(りょうぜんさん)の頂上付近にあった」ので、みのりはしょっちゅう出入りするし、悟たちサッカー部の面々がいつもたむろしているカフェ「ハーフ・タイム」は長谷観音の近くにある。
葉山の森戸神社が何度も出てくるので、鎌倉を舞台にした小説というよりも正しくは湘南小説と言うべきかもしれないが、悟とみのりが本書の最後に会うのが七里ヶ浜であるように、鎌倉は重要な場所として登場している。
この物語の原型はずいぶん前に書いていたようだが、単行本が上梓されたのは2002年。その後、『一瞬の風になれ』(06年刊/本屋大賞受賞)、『明るい夜に出かけて』(16年刊/山本周五郎賞受賞)と活躍しているのは紹介するまでもない。その萌芽はすべてこの中にある。
冒頭に登場する「テッセイ」に留意。悟が10歳のときに会う父親だが、この造形が群を抜いている。もう一つは、テッセイの部屋にたくさんの絵があったように(彼は画家ではない、勝手に描いているだけだ)、絵がこの長編のキーワードになっていることだ。
絵の才能を持ちながらも自分は落書きを描いているだけだと思っている悟と(テッセイそっくり!)、その才能を「発見」するみのりの、恋よりももっと特別な繋がりを、巧みな挿話の積み重ねのなかに描いているのである。うまい。