朝井リョウ 学生時代の夏休みに読みたかった5冊――『タダイマトビラ』『その日東京駅五時二十五分発』ほか

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • タダイマトビラ
  • 黄色い目の魚
  • 数学する身体
  • その日東京駅五時二十五分発
  • 楡家の人びと 第1部

学生時代の夏休みに読みたかった5冊

[レビュアー] 朝井リョウ(作家)

私が選んだ「新潮文庫」5冊

 夏休み。それは不本意な同調や共感に侵された教室から脱出し、自分だけの物差しを磨くことができる時間だ。『タダイマトビラ』を始めとする村田沙耶香作品は、他人の視線とは無縁の世界にある。この本の中でだけ深く呼吸ができるあなたのための一冊だ。

 夏休み。それは理由がなければ会えなくなるあの人をもっと好きになる時間だ。『黄色い目の魚』を始めとする佐藤多佳子作品は、自分が生きる世界への好意をぐっと上げてくれる。海辺の町に暮らす二人の高校生の物語は、夏休みを早く通過してしまいたくなるほど学生生活への愛しさを膨らませてくれる。

 夏休み。それは行う意義すら分からない宿題の数々を突きつけられる時間だ。『数学する身体』を読んだあなたは、数学という、身体的な感覚から最も遠いように感じられる教科を全く違うものとして捉えているだろう。世界を見つめる視点を増やすこと自体が、大切な学びである。

 夏休み。それは戦争という言葉を聞く機会がどっと増える時間だ。『その日東京駅五時二十五分発』の、“戦争のさなかにいながら疎外感を抱く自分”に罪悪感を抱く主人公の姿は、戦争に関する報道を上手に受け止められないあなたを決して責めない。

 夏休み。それは大人になるとなくなってしまう数百時間だ。全三巻に亘る『楡家の人びと』を一気読みするにはもってこいである。何を隠そう未だ読み終えられていない私は、学生時代の夏休みにこの作品に出会っていれば、と、今でも何度も思う。

●『タダイマトビラ』村田沙耶香[著]
●『黄色い目の魚』佐藤多佳子[著]
●『数学する身体』森田真生[著]
●『その日東京駅五時二十五分発』西川美和[著]
●『楡家の人びと (第1部~第3部)』北杜夫[著]

新潮社 波
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク