大久保佳代子「まるで私自身――愛おしい3人のマリコたち」  益田ミリ『マリコ、うまくいくよ』

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マリコ、うまくいくよ

『マリコ、うまくいくよ』

著者
益田ミリ [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103519812
発売日
2018/07/31
価格
1,320円(税込)

まるで私自身――愛おしい3人のマリコたち

[レビュアー] 大久保佳代子(お笑い芸人)

 普段漫画はそれほど読みませんが、益田ミリさんの漫画はもともと好きでした。週刊文春で今も連載中の「沢村さん家のこんな毎日」は雑誌を開くとき一番先に読んじゃうほどで、素朴な絵柄なのに、時に鋭く描かれる日常の「あるある」に、いつもどっぷり感情移入しています。

 今回の新刊『マリコ、うまくいくよ』もそんな益田さんの、鋭い視点と共感力がたっぷりの作品でとても面白く読みました。本書は同じ職場で働く3人の「マリコ」が主人公のお仕事漫画。しかも、社会人2年目、12年目、20年目と世代の違うマリコたちのそれぞれの視点で物語が進むから、47歳の私としてはどの世代に対しても「分かる、分かるよ!」って終始、激しく頷いてしまいました。

 というのは、私は20代初めから30代半ば過ぎまで14年間、一般企業のコールセンターで働いた経験があるんです。大学を卒業して相方の光浦靖子と事務所に入ったものの仕事はなかったので、たまに入るお笑いの仕事をしつつも、生活のために月曜から金曜までOLとして働きました。だから、マリコたちが自分たちのささやかな日常を、真面目に一生懸命に過ごす姿が愛おしくてたまりませんでした。

 読んでいて特に印象的だったのは、全編通じてトイレの場面が多いこと。登場人物たちがこんなにトイレでやりとりしているのも珍しいのではないかと(本のカバーの絵まで、3人がトイレに入るところとは!)。組織で働いていると、トイレって「逃げ場」ですよね。OL時代もですが、今も打ち合わせやネタ会議で行き詰ると、トイレの個室で「はーーーー!!」と声にならない声を出して、張り詰めた空気からいったん抜け出したりしています。だから、マリコたちがトイレに度々行く気持ち、すごく良く分かる!

 それに、社会人2年目・24歳のマリコと社会人20年目・42歳のマリコとがトイレで一緒になったとき、何とはなしに天気の話をしてやり過ごす場面など、まさに「あるある」。天気なんてセンスもひねりも必要ないトピックなのに、おばさんたちってみんな天気の話をしているな~なんて私も若い時には思っていましたが、最近は天気の話でもいいから仕事で一緒になる人とコミュニケーションをとる方がいいと思うようになりました。声を掛け合えばたとえ愛想笑いでも、人間関係って円滑になりますからね。

 そんなふうに、職場で働くマリコたちの日常がかなりリアルなことに、とにかく驚かされました。益田さんがイラストレーターとしてデビューされる前にOLのご経験があったことも、この作品の確かな礎になっているのかもしれません。

 それと、これも益田さんの漫画の特徴の一つと言えますが、グサッと胸を刺すセリフが随所に登場するので、読んでいて心地良くもあり、また、頭をガツンと殴られるような目の覚める気持ちにもなるんです。

 例えば2年目のマリコが、頑張ればきっとむくわれる、そう思っていた心が遠ざかる……と一人考える場面など、おばさんの身としてはじわりと胸が熱くなりました。働いてしばらく経つと、頑張ってもむくわれないこともあるって気がつき出すし、多少むくわれなくてもそれも当たり前だと徐々に悟り出す。だからといって、投げ出してしまったらなんにもならないし、周りの人もみんな頑張っているんだし……と、答えのない葛藤をしながらも、淡々と日常は流れていく、あの感じ。分かるわ~!

 芸能界というと派手な世界と思われがちですが、私の日常はいたって地味。その日の仕事をこなしたらまっすぐ帰宅して、お風呂あがりに飼い犬をなでながら缶ビールを飲み、ちょっと早いけど寝ようかなと……。昔好きだった人と偶然道ですれ違うようなハプニングももちろん起きません(笑)。

 でも、そんな想定通りに過ぎていく毎日でいま感じるのは、働くってこんなもんだよね、ということ。これ以上でもこれ以下でもない、これでいいんだよね、と。そんな日々の中でみんな、ちっちゃく頑張ったり、あがいたりしている。人ってこうやって生きているんだな……なんて、マリコたちに人生の真理を見せてもらったような気もしました。

 会議で意見が言えない20代のマリコも、ちょっと肩肘はっちゃっている30代のマリコも、おばさん力を発揮して場を和ませる40代のマリコも、みんな愛おしくて、みんな「私自身」のようにも感じました。「カヨコ、うまくいくよ」なんてつぶやきたくなったりもして(笑)。

 働く女性にはもちろん、年代を問わず男性にも広く読んでもらいたい一冊です。

新潮社 波
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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