『マリー・アントワネットの日記 Rose』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『マリー・アントワネットの日記 Bleu』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
こんなアントワネット、見たことない!
[レビュアー] 大矢博子(書評家)
私ごとだが、「ベルばら」世代ど真ん中である。人生で大事なことはすべて「ベルばら」から教わったクチだ。ツヴァイクも遠藤周作も坂本眞一も読んだし宝塚もアニメも映画も見た。稀代の悪女のアントワネットにも、悲劇の王妃としての彼女にも、ありとあらゆる作品でたっぷり触れてきた。
なのに、である。
何だこれ!
こんなアントワネット、見たことない!
吉川トリコ『マリー・アントワネットの日記』は、フランスに輿入れする前からギロチンまでを、アントワネットが書いた日記という体裁で綴ったものだ。当然、アントワネットの一人称で物語は進む、のだ、が……。
だ、だめだ、引用しようとしてページを開いた時点で笑ってしまう。だって
「あたしがフランス王太子妃とかwww 超ウケるんですけどwwwみたいな」だぞ?
「『パンがないならお菓子を食べればいいじゃない』なんてマジで言ってねえから!」だぞ?
「意識高い系居酒屋のバイトリーダーかよってぐらい威勢のいい声で返事しちゃった」り、夫のルイ16世を「自担」扱いしたり、顔文字使いこなしちゃったりするんだぞ?
待ってwww 私の知ってるアントワネットはどこにwww もう1ページめから腹の皮がよじれるかと思ったわ。
なのに、である(2回目)。
かなりフザけているように見えるアバンギャルドでぶっ飛んだマリー・アントワネットの物語に、実は歴史小説としての正統派の面白さがたっぷり詰まっているから驚く。
このアントワネット物語はスットンキョーに見えて、伝えられている史実をまったくはずしていない。アントワネットの母、マリア・テレジアのエピソードに始まり、首飾り事件や十月事件など、細部まで史実をきっちり踏まえている。この文体でなんとなくすべてがパロディっぽく見えるかもしれないが、とんでもない、これは恐ろしく史実に忠実な歴史小説なのである。
その上で、吉川トリコは史実の背景を描き出す。彼女が世間の非難を一身に浴びたのは本当に贅沢三昧だけが理由なのか。彼女の本当の敵はいったい何だったのか。
そこに浮かび上がるのは、〈女にかけられた呪い〉に苦しむ、ひとりの女性の姿だ。
序盤からアントワネットは「疑問を持ったら不幸になるだけ」と何度も書いている。政略結婚も、あらゆるしきたりも、おかしいと思うことだらけ。なぜ結婚したら女は名前が変わるの? なぜ初潮を迎えたことを「女になった」って言うの? なぜ私が政治に口を出すことが疎まれるの? 女はかくあるべしという押し付けに反発したくて、でもそれは自分を追い詰めることだとどこかでわかっていて、ジレンマの中で口を閉ざす。
加えて、メディアとそれに扇動された大衆が彼女を追い詰める。ゴシップやデマが一人歩きし、誰かにとって〈都合のいい真実〉だけが大手を振って練り歩く。
これは現代の物語だ。
いくら戦っても古い軛は容易にはずれてくれず、声をあげれば叩かれ、炎上し、黙ることを強制される現代の私たちの物語だ。
だからこの作品のアントワネットは、ネットスラングを駆使し、イマドキの若者言葉を連発し、顔文字を使うのである。だって彼女は、現代の私たちなのだから。
お調子者で元気で、とても逞しいひとりの女性の、これは成長と闘いの記録だ。1ページめから大笑いさせてくれたアントワネットの物語に、終盤、何度も涙がにじんだ。私たちは強くなれる。彼女はそう告げている。
もう一度言おう。
こんなアントワネット、見たことない。
タフで、面白くて、切なくて、そして力強い我らのパイセン。こんなステキなアントワネット、見たことない。