セクハラ・パワハラ・マタハラに憤慨しつつ、推しに課金して気分をアゲる――。世界一嫌われたフランス王妃の生き方は、いまの私たちと同じだった!

インタビュー

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マリー・アントワネットの日記 Rose

『マリー・アントワネットの日記 Rose』

著者
吉川 トリコ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101801308
発売日
2018/07/28
価格
649円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

マリー・アントワネットの日記 Bleu

『マリー・アントワネットの日記 Bleu』

著者
吉川 トリコ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101801315
発売日
2018/07/28
価格
693円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

セクハラ・パワハラ・マタハラに憤慨しつつ、推しに課金して気分をアゲる――。世界一嫌われたフランス王妃の生き方は、いまの私たちと同じだった!

[文] 吉川トリコ(作家)/柚木麻子(作家)

王妃マリー・アントワネット(リザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン [Public domain] / Wikimedia Commons)
王妃マリー・アントワネット(リザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン [Public domain] / Wikimedia Commons)

ファッションとギャンブルに巨額の国費を使い、フランス国家を危機に陥れた悪女。そんなイメージで語られることも多い、王妃マリー・アントワネット。だが、吉川トリコ著『マリー・アントワネットの日記』では、この王妃のまったく違った一面に光を当てた。女性蔑視に怒り、「子を産め」の圧力に苦しみながらも、スイーツとおしゃれと〈推し〉を愛し、気の合う女友だちと語り尽くす。その様子は、いまの私たちと驚くほど似ている。王妃の日記に魅了された作家・柚木麻子が、アントワネットへの手紙という形で本作への思いを綴る。そして、吉川トリコ版マリー・アントワネットからの「お返事」も……。

 ***

トワネット先輩へ 柚木麻子

 はじめましてだけど、完全タメ語で失礼します。
 ていうか、うちら37でタメですよ! 正確にはトワネット先輩がコンコルド広場でオーヴォワーキメたときと、今の私はタメ年の37です。
 自己紹介遅れました。225年後のジャポネを生きる作家の柚木麻子です。先輩の日記、夢中で読んで、大好きになりました。最初から最後まで一瞬たりとも飽きることなく面白くて、マタハラモラハラセクハラ浴びながら、それでも自分らしく、ときめきに課金しまくった生き様、なんだか泣きそうにもなりました。
 でも、不思議に思うんです。確実に私は、プリンセスじゃなくて、バスチーユを攻め落とした民衆側の人間なのに、攻め落とされる側になんでこんなに感情移入しちゃうのかよって。いや、マジで盛ってないです。だって、マジで今の私っていうか、私たち、革命おこせるんじゃないかってくらい日々ムカついてます。
 毎日毎日、プロレタリア女の私たちは、こんなことを社会から言われてます。子供作らないのは生産性がない、子供作るかもしれないから仕事は与えない、子供できたら絶対に誰にも頼るな、保育園入れなくても死ねとか言うな、自尊心はもつな、男をビビらせないちょうどいい女になれ、でも性犯罪の被害にあったらそれは自己責任だし、落ち度があるから襲われるんであって、そうならないように全力で自衛しろ、あ、いまだにこっちでも同性愛をソドミー扱いする人がいます、不倫はぶったたかれるけどママになろうが女を忘れることは絶対に許されない、劣化なんてもってのほか――。
 先輩が息苦しがってた、ヴェルサイユ宮殿のほうがまだ、シャレが通じる部分があったかもしれないですよ。こんな理不尽な要求されて、ハイそうですか、ご期待に添えるよう頑張ります、とかありえないじゃないですか。そんなの奴隷じゃないですか。でも、私たちがこの無理ゲーを降りることは許されないみたいなんです。平等社会なのに? ええ、こんなかのいっこにでもNOと言ったが最後、炎上です。大炎上。先輩みたいに、嫌われに嫌われて、あることないこと言われて、クソリプくらって、身元特定されて、悪意あるキャプチャ拡散されるんですよ。
 で、こんなクソ地獄をどう生き延びるか? なんとそれ、私たち、先輩とまったく同じなんですよ。225年経つのに、お城から出ることが許されなかった先輩となんらやってること変わらないんですよ。推しに課金して、趣味で自分をアゲて、おいしいものを食べて、信頼できるイツメンとつるむ。ちょ、もっと他になんかあるだろう、ってあきれるかもしれないけど、世界一嫌われたプリンセスと私たち、なんも変わらないみたいなんです。おんなじような抑圧を受けて、おんなじようにときめきで対抗しようとしてるみたいなんです。まあ、そろそろそうも言ってらんなくなってきて、私たちに出来ることから始めざるを得なくなってきたけど――。デモに参加するのも、SNSのおかげでグッとハードル低くなってきたしね! あ、デモとかいうと、ヴァレンヌ逃亡事件のこととか思いださせちゃいますよね、すいません……。
 それにしても、先輩はなにもかも早かったんですね。早すぎた!! インテリアもファッションも、そして推しのセンスも!! ヴェルサイユではいまいち振るわなかったかもしれませんが、先輩の推しメン、ルイ16世、いま遅めのブレイクです。草食でヲタで優しくてキュートでイクメンとか、塩対応もってしても、せちがらい世を生きる我々にはセクシーなフェルセンより、一緒に暮らしたいリアルな魅力にあふれてます。225年前に彼の担当になるなんて、さすがわかってらっしゃる!! 私もルイ16世のうちわ持ってペンライト振りたいです! ファンサは期待しませんが!
 ひょっとすると、早すぎる女は、つまり誰よりも早くに自分というものを発見した女は、いつの時代も炎上してしまうのかもしれませんね。そう思うと、いま先輩が私の隣にいてくれたら一緒に怒ってくれるんじゃないかな? って感じるんです。平成最後の一年を生きる私たちの怒りや悲しみに、早すぎるロココの女は寄り添ってくれるかなって思っちゃうんです。「ハア? なにいってんの、パンがなければお菓子食べればいいじゃん。悩むなんて時間の無駄!」なんて言わずに、プロレタリアの我々と共にあらんと……ってこのセリフはガセでしたね! すみません! 先輩のことだから、デモでも一番目立つガチの宝石つきのプラカードにキメた格好で、ワイドショーで抜かれるかもしれないね。あ、またデモの話しちゃってごめん。
 すぐにまた会える気がするので、このへんで。ありったけのいいね!を込めて。オーヴォワー!!

  あなたの後輩の一人、柚木麻子。

PSあなたをモデルにしたフィクションは山のようにあるけど、ヴェルサイユ宮殿を剥がしのいない握手会に例えた、吉川トリコ版は控えめに言っても傑作だとおもいますよ! いま、先輩が推すなら誰だろうなー。教えてください。

 ***

親愛なるズキぽよ マリー・アントワネット

 サヴァ? 未来のジャポネからおてまみありがとう。うちらタメらしいし、親しみと尊敬をこめてズキぽよと呼ばせてもらうね(ハートマーク)
 どうやら二十一世紀のジャポネはかなりバッドな周期に陥ってるみたいだね。フランス革命前夜みたいな不穏なヴァイブスをバリ3(古っ)に感じてます。つーかさ、人類ヤバない? 歴史からなんも学んでないの? ちょっとマジで意味がわかんないんですけど。二十一世紀まだかよ!?みたいな。
 そんな中、あたしの日記がズキぽよをはじめとする現代の女性たちの心を慰め、勇気づけ、励ましたのであれば、こんなに光栄なことってないです。とかく誤解されがちなあたしの生涯を、おもしろおかしく日記に残しておこうって軽い気持ちではじめたことだったんだけど、子どもを産めだの、夜のおつとめをちゃんとしろだの言われ続け、やっと授かった子が女の子だったら次は男の子をと言われ、男の子を産んだら産んだで、予備(!)の男の子を産めと言われ、もっともっとと言われ続け、あまりにあんまりな毎日にうんざりしてつい駄々漏れにしてしまった愚痴(っていうか抵抗の記録?)にみんなたちが共感をおぼえてくれるんなら、捨てたもんじゃねえなっていま思ってるところ。いつの時代も、生産性の高い産む機械が求められているのですねえ……ってガッデム! ぜんぜん笑えねえ~!
 十八世紀にネットがあったら、あたしなんて百パー炎上の女王だったと思うけど(そもネットがなくてもry)、世界中にたった一人でも味方がいるってわかったら、多少はちがってたんじゃないかなって思うんだ。#MeTooで最初に声をあげた女性はきっといまごろ、一人一人が声をあげることで大きな力になると実感し、さぞ頼もしく思われているのではないでしょうか。めちゃくちゃ羨ましすな~って思うけど、でもそれ以上に、あたしうれしいんです。ありのままに生きる女、輪からはみだした女を、悪女だ魔女だと糾弾する時代から少しでも前進してるかんじがするから。どんな女も――ひいてはすべての人間を、決して孤立させはしないという強い意志をこのタグからは感じます。
 できることならいますぐ私も二十一世紀のジャポネに飛んでいって、国会前だろうと東京医大前だろうと頭数の一人になりたいところです。もうね、ズキぽよの言うとおり先陣切ってやってやるわよ。全身ピンクでゴージャスにキメて暴れくるってやる! あたしのことだからまた悪目立ちして大炎上しちゃったりするんだろうけど、でも大丈夫。なんにも心配してない。あたしが叩かれたら、その百倍ぐらいの勢いで援護してくれる女たちがいまは世界中にいるんでしょ? ねえ、そうだと言ってズキぽよ!
 っていうかさ、シャネルの2015SSランウェイでの「HeForShe」や、ディオールの「WE SHOULD ALL BE FEMINISTS」もすてきだったけど、いまならあたし、おしゃれに目覚めたばかりのマドモワゼルから、似合う服がないと嘆いているマチュアな女性までカバーできるようなブランド(もちろんチープでシックでエシカル!)をたちあげて、バリバリのメッセージTシャツを作りたいな。ピンクとブルーの二色展開で! みんなでそれ着てデモ行進するの! フ―――――ッ! 女の祭りはトワネット通せや!なーんてねっ。
 えーっと、で、なんだっけ? あ、そう、いまの推しね。興奮して質問にお答えするのを忘れるところでしたw 宝塚にジャニーズ、韓流&K‐POP、三次元にかぎらずキンプリやFGO(←マリーちゃん出てきたw)など、現代には乙女の心をトリコにするコンテンツがたくさんあって目移りするほどですが、あたしがいまもっともハマってるのは、ちょっと大きな声じゃ言えないんですけど……フェルルイ(小文字にしてください)です。
 そうです、よりにもよってこの世の乙女向けコンテンツの中でもっとも業が深く罪深いナマモノBLです。それも愛人と夫のカップリングというときめきの極北に行きついてしまったんです。どっちか選べないならカップリングしちゃえばいいじゃない、と気づいたときには思わず「ユリイカ!」と叫んでしまいましたよね。この気づき、『それから』(新潮文庫)のあの人や『夏の終り』(新潮文庫)のあの人や『ボヴァリー夫人』(新潮文庫)など、三角関係に苦んできたヒロインたちにぜひシェアハピしてあげたい。
 マジ卍な話ほんと世界くそでしんどみヤバいけど、でもこの世界にも尊いものは存在していて、瞳の中をそれでいっぱいにしておけば今日もラブ! ドリーム! ハッピネス! あたしたちが生み出した抵抗のしかた最高(ハートマーク)って思うんだけど、それにしたっていいかげん二十一世紀きて? ってかんじだよね。もう待ちくたびれたよ。しょうがないから白馬に乗って迎えに行こう、この引きこもりの王子様を。OK、まかせておいて、乗馬は得意なの!

  あなたの魂の友人 マリー・アントワネットより

PS「オーシャンズ8」最高フーーーーーーッ! ってかんじだったよね。あの中でいったらあたしは完全にダフネだけど、ズキぽよはだれになるんだろう? また今度会ったときに教えてね。

新潮社 yom yom
2018年11月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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