<東北の本棚>試練の日々生き生きと
[レビュアー] 河北新報
戦後の混乱と高度経済成長を果敢に駆け抜けた山形市の女性経営者が、人生の岐路や印象に残る出来事をエッセーで明るくつづる。
戦時中の医薬品不足で、麻酔もないまま口腔内の手術を受けた小学1年生の頃の記憶から、2013年に80歳で死去した夫への尽きない思いまで36編を時系列に収録した。
1938年石巻市生まれ。日本が貧しかった時代のエピソードが多く語られるが、生き生きとした筆致からは希望に向かって進む力強さが伝わる。
表題になった「一本の口紅」は、宮城学院女子短大時代の思い出。学生食堂のランチで、友人たちが食後に化粧直しをする。「魔法使いのように、顔を華やかに輝かせる」。学費の工面がやっとの著者が、うらやましく見ていた姿だった。
夫と共に山形市で山形萬国社(現東北萬国社)を創業したのは65年。不慣れな土地で娘2人の子育てに奮闘しながら、焙煎(ばいせん)コーヒーやソフトクリームの販売事業を拡大してきた。
幾多の試練を振り返りながら、縁のあった人々への感謝を忘れない。かけがえのない日々もまた、平和の所産であったと思いを巡らせる。次代へのメッセージとも読める一冊だ。
著者は東北萬国社会長。「やまがた宮城県人会」会長を務める。
書肆犀(しょしさい)023(673)3040=1620円。