著者エッセイ・始皇帝の時代――岩井三四二『歌え、汝龍たりし日々を 始皇帝紀』刊行記念

エッセイ

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歌え、汝龍たりし日々を 始皇帝紀

『歌え、汝龍たりし日々を 始皇帝紀』

著者
岩井三四二 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413282
発売日
2018/08/31
価格
1,760円(税込)

著者エッセイ・始皇帝の時代――岩井三四二『歌え、汝龍たりし日々を 始皇帝紀』刊行記念

[レビュアー] 岩井三四二(小説家)

 史記はおもしろい。

 と私が書かなくとも、みなさまとうにご存じであろう。紀元前九十年ごろに完成されたとされる大歴史書で、百三十編から成り、黄帝の時代、つまり中国の文明発祥のころから前漢の武帝の時代まで、二千数百年の歴史が書かれている。とくにその中の「列伝」という個人の伝記は人気がある。歴史上の人々の波乱に満ちた生涯を、美しさも醜さも、賢さも愚かさもみな遠慮なく、剛直な文章で一刀両断するように描いてあるからだ。史記だけで人生がわかる、と言われるほどである。

 そんな史記だが、なにしろ二千年以上前の、それも中国大陸の出来事が書かれているため、日本人であるこちらとしては、読んでいていまひとつぴんと来ない時がある。人々はどのような服を着てどのような家に住んでいたのか。食べ物はどうして得ていたのか。戦争はどのように行われていたのか。調べれば一応のことはわかるが、それが本当なのか判然としない。史実とされているが、じつはファンタジーとして読んだほうがいいのではないか、とすら思えるほどである。

 ところが近年、秦や漢の時代の墓がいくつか発掘されて、そこに副葬されていた、おびただしい数の竹簡や木簡が出てきた。それらを読み解くことで、秦漢時代の現実がわかるようになってきている。

 それによると、どうやら秦の始皇帝が統治していた時代は、法律がおそろしく発達し、人々は生活の細かなところまで法律に規制されて生きていたら

しい。

 罪を犯したと思われる者が、どの法律のどの条文によって裁かれるべきか、といった議論が、官吏のあいだで日常的になされていたらしいのである。行政機構や法律など社会制度だけ見ると、現代とさほど変わらないと思えるほどだ。かと思えば、始皇帝が天下を行幸した際の記録もあったりして、史記の記述の正しさが証明されもした。

 といったことを知ると、史記に描かれた人物が俄然、身近に思えてくるではないか。

 始皇帝は、史記に出てくる人物の中で、もっとも気になる存在だろう。

 はじめて天下を統一し、万里の長城など巨大建造物を造った、という陽の面と、焚書坑儒に代表される陰の両面をもつだけでなく、出自も謎に満ち、王家の血を引いているのかすら疑問を持たれている。

 今般上梓した『歌え、汝龍たりし日々を』は、そんな始皇帝とその周辺を、出土史料など近年の歴史学の成果を参照しつつ描いた。

 もともと非常にドラマチックな史記の各エピソードを、あたかも現代のドラマのようにリアルに描く、という方針だったのだが、それが成功しているかどうかは、読んで判断していただくしかない。書店で手にとっていただければ幸いです。

角川春樹事務所 ランティエ
2018年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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