芥川賞候補の最後の対象号、上田岳弘が一頭地を抜いていた
[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)
文芸誌12月号は下半期芥川賞候補選出の最後の対象号となる。上田岳弘の「ニムロッド」(群像)が、主題追究の手際が更新された印象で一頭地を抜いていた。
メインのモチーフは仮想通貨ビットコインとバベルの塔だ。語り手の「僕」は中本哲史。ビットコイン創設者サトシ・ナカモトと同姓同名である。サーバー保守会社に勤める「僕」は、社長からビットコインの採掘を命じられる。
「僕」がLINEでやりとりをする会社の先輩ニムロッドは小説を書いている。バベルの塔の発案者の名を自称にするこの先輩は、取引履歴を書き続けさせるシステム自体を存在の根拠とし価値を生み出すビットコインについて、「それって小説みたいじゃないか」と言う。
「僕たちがここにこうして、ちゃんと存在することを担保するために我々は言葉の並べ替えを続ける」
外資系証券会社に勤める「僕」の恋人・田久保紀子は、染色体異常の子を堕胎し離婚して以降「人類の営み」に乗れないでいる。
この三者の関わりを描いて、小説は「最後の人間」という主題に突き進んでいく。人類が溶けて一つになるという観念は上田がオブセッション的にこだわる主題だが、今作では実体的な裏付けがなされた手応えを感じた。「実体的な裏付け」を感じさせているのが、情報と記号の彼岸であることが、また皮肉で面白い。
そのほかには、イラクで傭兵をする日本人を主人公に据えた砂川文次「戦場のレビヤタン」(文學界)が、戦場描写、社会認識双方のリアルさで目を引いた。
『新潮45』問題について書くつもりだったが紙幅がなくなった。『新潮』の特集「差別と想像力」についてだけちょっと。七名の寄稿が並んでいるが、見所があるのは、千葉雅也と岸政彦の文くらいだ。千葉の批判はこういうお為ごかしな特集を成立させている枠組み自体にも向かっている。問題の根を「緊縮文化」に見る岸の認識は、『群像』の連載で「緊縮の時代のフェミニズム」を取り上げているブレイディみかこと通じている。経済学ではコンセンサスのある緊縮批判だが、文学にはその意識は皆無だ。