『思いつきで世界は進む』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
混乱の時代にこそ貴重だった橋本治の思考の道筋
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
作家の橋本治が亡くなった。1月29日のことだ。気がつけば、新刊は必ず手に取っていた。そして、「いつもの橋本節だ」とか、「今回は読みやすいなあ」とか、勝手なことを言いながらページをめくってきた。遺著『思いつきで世界は進む――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』は、PR誌「ちくま」の巻頭随筆、2014年7月号から18年8月号までの分だ。
振り返れば、14年に集団的自衛権行使容認の閣議決定。同年には特定秘密保護法も施行され、15年に安全保障関連法が成立する。16年にトランプ氏が米大統領選で勝利。17年は森友学園問題が発覚し、「共謀罪」法が成立した。国内も世界も、いい時代とは言えない。
橋本はこれらの事象に目を向けるが、そこにはジャーナリスト的な分析や、論客的な主張はない。ああでもなくこうでもなくと、自分の頭で考えたことのみを言語化していく。その思考の道筋に、はっとするような言葉が刻まれるのだ。
たとえば、「政治上のリーダーが、気に入らない他人の言うことをまったく聞かなかったら、それは強権政治だろう」。また「疚(やま)しいことを抱えた人間は、明確に曖昧なことを言う」。
さらに、「重要なことは、悪い支配者を倒すことではなく、悪い支配者を反省させること」。
そこにあるのは、決して分かりやすくはないけれど、橋本治以外、展開する人がいない論旨だ。もう新しい文章が読めないと思うと、やはり寂しい。合掌。