日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三(いちぞう) 鹿島茂著

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日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 小林一三(いちぞう) 鹿島茂著

[レビュアー] 小松成美(ノンフィクション作家)

◆希代の実業家の生きる極意

[評]小松成美(ノンフィクション作家)

 月刊『中央公論』での三十九回の連載が一冊になり、五百ページを超える本になって、そこで出会った小林一三は、これまでとは随分違った表情を持っていた。もちろん、阪急電鉄の創業者であり、沿線の分譲地を造り、宝塚少女歌劇の生みの親であり、大臣であり、さらには阪急百貨店、東宝、プロ野球「阪急ブレーブス」を造ったという希代の実業家である過去のプロフィルは歴然と存在するのだが、著者はそこに上書き保存をするように、これまでの評伝では取り立てて描かれなかった「詳細」をつづり上げていく。「へぇー」と声を上げて読んだ箇所は十や二十ではない。

 例えば、実は本気の小説家志望で、都新聞入りを目論(もくろ)み、田山花袋(かたい)や岡本綺堂(きどう)のような新進作家を目指していたこと、若き日、渋沢栄一の演説にいたく感激していたこと、生命保険から学んだであろう人口学的視点を持って超過密状態の大阪市内の人口を鑑みたからこそ、箕面有馬(みのおありま)電気軌道沿線の分譲地開発を決めたこと。

 さらに利益率の高い欧米のデパート商法を否定し、理想とする商業を「多売」→「薄利」としていたこと、歌舞伎の松竹が金銭も人も要る「玄人集団」なら、東宝は大衆に応えるエンターテインメントを提供する「素人集団」として対置すると決めたことなど。

 数え上げたら切りのない一三の、人のやらないことをやったり、考えることで道を切り開いたりという人生の極意が披露されていく。そこに同時期を過ごした歴史の証人たち(岩下清周、松永安左ヱ門、郷誠之助、鳥井信治郎)がひもづいて登場するものだから、好奇心は募る一方だ。

 古書や古い資料を読み解くことが愉楽だという著者のファナティックともいうべき探求心による作業の果てに生まれた発見であり、読者はただその恩恵を受ければいい。

 小林一三の凜(りん)たる姿の中心にあるのは、社会がどのように変革していくか、その未来を見定める力だ。先が見えない今だからこそ、本書は、平成の次の元号を生きる者の羅針盤になるはずである。
(中央公論新社・2160円)

1949年生まれ。明治大教授。著書『馬車が買いたい!』『職業別パリ風俗』など。

◆もう1冊 

鹿島茂著『渋沢栄一』(上)算盤(そろばん)篇、(下)論語篇(文春文庫)

中日新聞 東京新聞
2019年3月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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