魯迅と蒋介石の軌跡から掘り下げる日中激動の歴史ノンフィクション

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戦争前夜:魯迅、蒋介石の愛した日本

『戦争前夜:魯迅、蒋介石の愛した日本』

著者
譚ろ美 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784105297084
発売日
2019/03/18
価格
2,530円(税込)

魯迅と蒋介石の軌跡から掘り下げる日中激動の歴史

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 魯迅と蒋介石の軌跡を軸に、日中の激動の歴史を掘り下げている。二人に共通するのは、どちらも日本留学生だったことだ。魯迅が日本にやってきたのは1902年(明治35年)。すでに608名の清国人留学生がいた。日清戦争に勝利した日本から学ぶべきものは多いという国家的判断と、文化の差が大きい欧米と比べて親和性が高かったからだ。

 やがて魯迅は仙台医学専門学校(現・東北大学医学部)に入学。そこで名作「藤野先生」のモデル、解剖学の藤野厳九郎教授に出会う。藤野の熱心な指導を受ける魯迅だったが、周囲の学生たちの差別意識から発した事件が魯迅の心を傷つける。それは「中国人を救うのは医学ではなく、精神面から救うことこそ必要だ、それには文芸だ」という決意を生んだ。

 もう一人の主人公、蒋介石が日本にやってきたのは魯迅の4年後。軍人になりたい一心からだったが、目指す陸軍士官学校は入学資格がなかった。小さな日本語学校からのスタートとなるが、「楽天的で深く悩まない」青年は平気だ。その後、短期の帰国を経て、今度は正式な軍事留学生として再び日本の地を踏む。

 本書では二人の動きが交互に描かれる。夏目漱石に憧れ、近代化した文芸のかたちとしての「口語体による短編小説」を模索していく魯迅。孫文に心酔して革命軍に身を投じ、軍人として頭角を現していく蒋介石。その革命が新たな国造りや人々の意識変革につながらないことに失望する魯迅。孫文の後継者を自任しながら、「共産党狩り」の粛清に狂奔する蒋介石。魯迅はそんな蒋介石を批判せざるを得なくなる。

 魯迅が目を向け続けたのは「国民」であり、蒋介石が見ていたのは「国家」だ。そして背景には二人の留学先だった日本という国の存在がある。魯迅が没してから82年が過ぎた今、日中両国の何が変わり、何が変わっていないのか。その本質に迫るノンフィクションの秀作だ。

新潮社 週刊新潮
2019年4月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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