なぜ地方女子高生はSNSで自分を消費しようとするのか

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県民には買うものがある

『県民には買うものがある』

著者
笹井 都和古 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103523918
発売日
2019/03/22
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「私」を見つけるための冒険――メレ山メレ子『県民には買うものがある』

[レビュアー] メレ山メレ子(エッセイスト)

「たとえ何もない滋賀でも、このどうしようもなく広い湖を前にすると私たちは心がすこし柔く(やわ)なって、そのままの自分を抱きしめられてるような心地になった。ただ、自転車や電車でここまでたどり着くことは難しい。だから毎週末、琵琶湖のそばまで連れて行ってくれる男の車へ乗り込むなんてことをしてしまう」

 滋賀県民の女子高生が、高校生活最後の春休みを使ってほどよく寂れたSNSで男を物色し、処女喪失に挑戦する。表題作「県民には買うものがある」は、そんなお話です。

「県外の人には滋賀ならどこからでも琵琶湖が見えると思われがちだけど、」と作中にもありますが、もと大分県民で滋賀県にはなじみが薄いわたしの脳内滋賀県地図も、県の半分くらいが琵琶湖になってしまいがちです。

 主人公やその友人が住んでいるのは、琵琶湖には車でしか行けない距離の滋賀県内のどこか。幼いころからいくつもの思い出と結びついている琵琶湖を深く心の拠りどころとしつつも、京都や大阪、東京といった「都会」や「文化」に抗えないコンプレックスを抱えています。

こう書くと「ああなるほど、地方対都市の構図なのね」と思う人もいるでしょう。山内マリコさんの『ここは退屈迎えに来て』を連想する人もいるかもしれません。

 実際には、『県民には買うものがある』に収められている5編に共通するテーマは地方コンプレックスではなく、消費することとされること、それを媒介するインターネットであるという印象です。満たされないものを抱えている人たちが、ネットを通じて他者に何かを差し出し、得ようとする(そして多くは失敗する)プロセスを描いた短編たちです。

 いまどき、ネットを通じて地方でも都市のカルチャーを享受することは可能です。京都の大学に進学するにあたって、主人公は周到すぎるまでにネットで予習を重ね、浅野いにおの漫画に出てきそうな女子っぽい感じを完璧に身につけます。それでも京都で出会った男の「地肌に古着のニットが貼っついていてもおかしくない感じ」に傷つき、自分をまがい物だと感じている。

 ネットがあるからこそ、なのかもしれません。著者の笹井都和古さんの11歳年上であるところのわたしは、大分でもっとずっと能天気な高校生として過ごすことができていて、東京に行けば本当に自分のことをわかってくれる人が用意されているはずだと無邪気に信じつつ、当時はサブカルの気配すら感じたことがありませんでした。

 ホテルのサービスタイムまでの空き時間を琵琶湖のほとりでつぶそうとする滋賀の男も、「こいびとは、湖の近くに住んでいる」だのと気取った(しかも間違ってるし)ツイートをしちゃう京都の男も、ガワは違えど主人公のことを見ていない点ではどっこいどっこいです。しかし、主人公は後者のふるまいにより傷ついてしまいます。自分の支柱を持った人間が、さらに貪欲に他人にレッテルを貼り、「素敵な自分」の一部として取り込もうとする様に。

 上のくだりは、重度のツイッター廃人であり、リアル人格すらネットに侵食されつつあるわたしとしては読んでいて非常に心が痛いのですが、「シー・イズ・メイ」ではさらに「あ痛たたたた……自分、早退してもいいですか?」という気持ちになってきます。ツイッターでは切れ味のいい生意気なキャラを作り上げ、5桁のフォロワーがいるけれど、予備校では孤独な浪人生の女の子。そこに爽やかな人気講師・チダ先生がグイグイ近づいてきて……というお話。

 互いが互いに求める特別、表に出したいものと心に秘めておきたいものが、だいぶ残酷にすれ違います。「県民~」の京都の男も、コンプレックスにまみれた主人公から見れば傲慢なほど揺るぎないけれど、チダ先生のような欠落を抱えているのかもしれない。思いきり傷ついた先で他人の欠落を知り、誰にも消費されない自分を見つける、「県民~」のひとコマ先にあるストーリーといえます。

 表現を通してだれかがだれかを消費する攻防が、いろんなパターンで登場します。「CV:ユキハライッサ」では、女性用の近未来18禁ゲームに出演する声優が、母親を失ったことを転機に憂いのある声がエロいと過熱気味にもてはやされるようになり、女性たちに消費されることにやがて耐えられなくなっていきます。

「続きはオフラインで」で描かれるのは、「なりきりツイート」の世界。お互いがゲームのキャラクターになりきってのやりとりは、未経験者からするとかなり奇妙です。死んだように息をひそめて暮らす女の子が、なりきりツイートを通じて出会った相手への思慕を通じて、逆にしんどい現実へのスイッチを取り戻していきます。

 消費したりされたりの攻防の中でしっかり傷ついて、それでもおのおのが何かを手に入れたくて、はたから見れば奇妙な手段でも、次の扉を開けることをやめられない。コンプレックスや孤独をテーマにしてはいますが、その冒険はどこか前向きで、読後に不思議なすがすがしさが残ります。

新潮社 波
2019年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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