国防の最前線の島に住む92歳と88歳の二人の老女を描く

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飛族

『飛族』

著者
村田 喜代子 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163909899
発売日
2019/03/14
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

国防の最前線の島に住む92歳と88歳の二人の老女を描く

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 島で暮らす女たちの物語を読みながら、海風や波をじかに受けるように、絶えずこころを揺さぶられていた。それはたぶん本書が、かろやかに境界を越える小説だからだろう。

 東シナ海の、五島列島がモデルと思われる小さな島で、最年長のナオさんが97歳で亡くなり、島の住人は92歳のイオさんと、88歳のソメ子さんの二人になった。

 高齢のイオさんを案じて、島を出た娘のウミ子が戻ってくる。ウミ子は大分の自分の家に連れて帰りたいがイオさんはきっぱり拒絶する。「さっさと水曜の朝に船で去(い)んでしまえ」と言われるが、水曜日の定期船に乗らず島に残ることにする。

 二人の老女は、これまで島で続けられてきた営みを繰り返す。畑を耕し、海藻を拾い、魚を釣ったり潜ったりして獲って食べる。足りない物資は定期船で運んでもらうが、足るを知る暮らしぶりは、悠久の時間を生きているよう。

 だが、彼女たちの暮らしは現代的なインフラに支えられている。電気、電話、水道、プロパンガス。本島との間をつなぐ定期船の燃料代は年間2000万円かかっているが、そうしたことは老女たちの念頭にない。

 では島を出ればいいのかといえば事態はそれほど簡単ではない。何しろ彼女たちが暮らすのは国境の島で、時折、中国の密航船がやってくる場所なのだ。島に人の出入りがあるのは密航者に対するデモンストレーションにもなる。平均年齢90歳の二人の老女が、国防の最前線で重要な役割を担うという事態はきわめて現代的だ。

 島の葬式では、かくれキリシタン風の念仏と浄土真宗のお経が続けて唱えられる。死者は生者の近くに寄り添い、イオさんもソメ子さんも、海で亡くなった人は鳥に生まれ変わったと信じている。海も空も、そこでは人間の命が還っていく場所だ。いつしかウミ子も島のリズムを取り戻し、その声は、母親たちの声に和していくようである。

新潮社 週刊新潮
2019年4月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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