『夢見る帝国図書館』
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“人生を自由にする”図書館が主人公の物語
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
「真理がわれらを自由にする」。国会図書館の図書カウンターの上のほうに日本語とギリシャ語で刻まれたこの言葉の意味を、改めてかみしめたくなる、力のある小説だ。
二つのパートが交互に進行する。作者自身を思わせる「わたし」が、短い白髪で、端切れを接ぎ合わせたコートと頭陀袋めいたスカートを着た喜和子さんと出会い、彼女の人生を知る物語と、かつて上野にあった帝国図書館の歴史をめぐる物語だ。
あっけらかんと無邪気な喜和子さんと、「わたし」は親しくなる。「わたし」が小説を書いていると知った喜和子さんは、自分が書こうと思う、図書館が主人公の「夢見る帝国図書館」という小説を書いてほしい、とたのむ。自分については多くを語らないまま喜和子さんは亡くなってしまうのだが、謎の多い彼女の人生の断片を「わたし」は少しずつ集めていく。
戦争帰りの「お兄さん」二人とバラックで暮らした日々、「お兄さん」が作者と思われる絵本。喜和子さんの人生は、図書館にしっかり結びついていた。図書館があったから、喜和子さんは、「わたし」が知る、自由な喜和子さんになれたのだ。
ひもとかれる帝国図書館の歴史も波乱万丈ですこぶる面白い。福沢諭吉の洋行から始まり、本集めに奔走した(のちの)永井荷風の父、鴎外も漱石も、ひどい近眼の樋口一葉も、明治の作家はみんな通った。関東大震災も戦争も経験、発禁図書や海外からの略奪本を収蔵したことも。
作中の「夢見る帝国図書館」は「わたし」の小説のようだが、喜和子さんが「わたし」に語る物語でもあり、昔、誰かが喜和子さんに語り聞かせた話も反響している。
常に資金不足でご難続きでも、それでも図書館に冠する言葉は「夢見る」がふさわしい。もし図書館に心があるなら、かつて樋口一葉を愛したように、誰かが未来を切り開き、自由になることを今も夢見ているに違いないと、この小説は思わせる。