『人生で大切なことは泥酔に学んだ』
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【聞きたい。】栗下直也さん 『人生で大切なことは泥酔に学んだ』
[レビュアー] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)
■規格外の酔っ払い列伝
“トラ”にはいろいろなタイプがいる。記憶を失う、所かまわず寝る、見境なしに他人に絡む、素手で暴力を振るう、凶器を手に取る。もちろんこれらを合成したタイプも。
著者の栗下さんは月ごとにメガネとスマートフォンを新調していた。飲み過ぎて記憶を失い、気がつくと自宅、ときには見知らぬ場所にいるのである。命は落とさないまでも、メガネとスマホはどこかに落としているというしだい。
本書は「酔人研究家」の著者が、歴史に名を残す27人の酔っぱらいを選び、その規格外のエピソードを軽快な筆致で紹介したものだ。この27人とは絶対に酒席をともにしたくないが、やじ馬として眺めれば、その誰もがいとおしく感じられる。同時に、現代であれば社会生命を絶たれるような失敗をしても、仕事が続けられる社会の緩さ、言い換えるなら寛容度の高さがうらやましくなる。
登場する27人の中でもっとも凶暴なのが第2代総理大臣の黒田清隆だ。北海道開拓長官時代、船上で酔っぱらった黒田は、沿岸に向かって大砲をぶっ放し、住民2人を死傷させた。さらに真相は藪の中ではあるが、酔って妻を斬り殺したといわれる。刀を振り回すのは三船敏郎もそうだ。
栗下さんがもっとも共感を覚えたのは、文芸評論家の河上徹太郎だという。河上は記憶を失い、気がついたらトラ箱にいた。70歳だった。2カ月後には文化功労者に選ばれ、新聞のインタビューにこう答えている。《トラ箱のやっかいになったばかりの酔っぱらいに賞をくれるんだから、日本という国も案外さばけていますな、アッハッハッ》
「本書は泥酔のすすめではありません。伝えたいのは、人は欠点があろうが、失敗しようが、本人の前向きな気持ちと周囲の寛容な目があれば、やり直すことができるということ。そこに尽きます」(左右社・1800円+税)
桑原聡