薬物で2度の逮捕、「乙女のカリスマ」空白の4年間と復活

インタビュー

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純潔

『純潔』

著者
嶽本 野ばら [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104660063
発売日
2019/07/29
価格
3,190円(税込)

書籍情報:openBD

薬物で2度の逮捕、「乙女のカリスマ」空白の4年間と復活

[文] 新潮社


小説家の嶽本野ばらさん

かつて「乙女のカリスマ」と呼ばれ、クリスマスイブに東京の青山ブックセンター本店でサイン会を行えば、長蛇の列ができ、10時間に及ぶ史上最長を記録、『下妻物語』は中島哲也監督、深田恭子主演で映画化されて大ヒットした小説家の嶽本野ばらさん。しかし2007年、大麻取締法の現行犯で逮捕(懲役8ヶ月、執行猶予3年)、そして2015年4月、麻薬成分を含む危険ドラック所持の疑いで2度目の逮捕(懲役2年6ヶ月、執行猶予5年)。以後、郷里の京都市に帰り、表に出てくることは、ほとんどなかったが、この4年あまり、「カリスマ」は何をしていたのか? 京都で話を聞いてきました。

2度目の逮捕とその真相――孤独だった

――この4年あまり、野ばらさんは何をしていたのか、お聞きしたいのですが、此度、刊行された新刊『純潔』のあとがきには2度目の逮捕を「不祥事」と呼び、「僕は心身ともに逼迫していたらしい」「友人に拠れば死臭が漂っていたという」とあります。まず逮捕に関してお話いただけますか。

野ばら 仕事はちゃんとしていたんですよ。逮捕の3ヶ月ほど前、『純潔』のもとになった小説「純愛」が「新潮」に掲載され、「新潮」に一挙掲載するため、オリジナルを3分の1くらいに圧縮しなくてはならず、しかし単行本化にあたって編集者からオリジナルを読んだ者としては圧縮版では物足りないから、元の長さに戻して欲しいと言われた。元の長さに戻すのは簡単なように思えるかもしれないけど、圧縮したものを伸ばせば、物語の強度は落ちるし、贅肉として削いだものは再利用できるわけがない。この人、ひどいことを言うなと思った。たいへんな作業になるから、腹立たしかったけど、やるしかないと思って、「新潮」掲載の「純愛」を底本に全面的に書き直すことにし、逮捕前には改稿作業に取りかかっていた。それと並行してポカロ系ミュージシャンのみきとPさんの楽曲「サリシノハラ」からスピンアウトした小説『サリシノハラ/47』をKADOKAWAからリリースしている。記憶はいまでは曖昧なんだけど、死相は出てたんじゃないかな、あの頃。お金がまわらなくなっていて、物質的に困っていたし、小説家のキャリアにしても本当はこんなに長くつづけるつもりはなかったのに、長くやってしまったという疲弊感もあったし。

――1度目に逮捕されたとき、「薬物は好きではないし、無くてもやっていける」と話していましたが、どうしてまた手を出してしまったのでしょうか?

野ばら いま思うと東日本大震災の心理的ダメージが強烈だったのだと思う。自分は東京に住んでいて、直接被害を受けてないし、知り合いや親戚も被災したわけでもないのに物凄いショックを受けた。具体的にも外見的にも何のダメージはなくても、たしかにダメージはあって、そのギャップにも苦しんだ。「ダメージを受けています」とは、とても人には言えなかったし、軽々しく言ったら、「被害を受けてないなら、被災地へ支援に行け」と言われそうで、でも僕が行っても役に立つわけがない。阪神淡路大震災のときは大阪に住んでいて、実際に家が倒壊したり、命を落としたりした知り合いもいて、震災を実感できた。その頃はまだネットやSNSはなくて、マスメディアと口コミで情報が届くだけだったけど、東日本大震災ではネットやSNSを通じて情報が洪水のように流れてきて、ある意味、情報のデフレーションが起こり、心理的ダメージは取り除こうにも取り除けず、これについて話し合う人もいなくて、気づいたら、共有される膨大な情報の中で、一人ぽっちになっていた。孤独だったんだと思う。

――2度目は1度目と違って、現行犯による逮捕ではなかったですよね。

野ばら あれはキツかった。現場を押さえられたなら、観念するしかないけど、押収したものを数ヶ月かけて検査したら、少し前に違法になったばかりの薬物が検出されたから、ということだった。上野で押収されたときは、「(薬物を)預からせてもらいますね」「いいですよ。はい、どうぞ」って平和的なやりとりだったし、その後、何も言ってこなかったから、押収されたことも忘れかけていた。何の予告もなく、って予告してくるわけないんだけど(笑)、予告されたら、逃げる人もいるでしょうが、こころの準備はできる。ですが、ある朝、突然、警察が来て、逮捕すると言う。何が何だか、まったく分からない恐怖で、パニック状態になった。

期間限定の居候、無職、収入はほぼゼロ

――小説家の吉本ばななさんや、仕事をされたことのあるメゾンやアニメ制作会社、それに出版社から減刑の嘆願書が裁判所に提出され、公判の前、野ばらさんは帰郷し、京都の病院で薬物使用の治療を受け、実刑判決ながら執行猶予がつきました。以来、京都市の実家暮らしですね。

野ばら 母には「これからの3年間、期間限定で働きに出ないで、書きたいものを書き、好きなことやらせて欲しい」とお願いし、居候しています。

――理解力のあるお母様ですね。

野ばら 否、そんなことはなく、居候ですから、けっこうたいへんです。生活サイクルは母にあわせないといけなくて、むかしなら食事をしないで、ぶっ通しで書きつづけるなんてことはザラでしたけど、実家ではごはんの用意が出来たら、どんなに佳境に入っていても、食卓につかないと、母の機嫌をそこねるから執筆は中断(苦笑)。いまでは期限の3年が過ぎ、会社でないから「契約切れです。あなたの居場所はなく、もう面倒はみません」といった非情な通告こそありませんが、無言で机の上に求人広告が置かれてあったり、「あなたでも出来る仕事はあるでしょう? 前向きに探してみたら」と圧力がかかって求人情報を物色したりしながら、どうにかうまく誤魔化して、これまで無職でやってきました。

――どうして「3年間、働きに出ない」ことにしたんですか?

野ばら 3年というリミットは、逆にそれくらいなら、どうにか養えるという母の言葉に甘えた形になります。もっとも、食べさせてもらっていると言っても、実家は本当にすごくビンボーだし、非常な極貧生活ですよ。印税はほとんど入ってこないし、収入はほぼゼロ。それでも本は買って読みたいし、展覧会で観たいものもある。暮らしていくための食費とかの必要経費は捻出できないけれど、生きていくための本や展覧会の経費は、ここ(京都市にあるライト商會三条店)の2階のギャラリーで展覧会をやらせてもらい、ヘンな手作りのグッズ(雑草の押し花や使用済み切手など)を販売したり、通販で売ったりして、やりくりしてました。だからファンと家族、ライト商會に食べさせてもらっていたようなものです。

――「書きたいものを書く」とのことですが、先程、小説家は「こんなに長くつづけるつもりはなかった」と話していましたが……。

野ばら 『ミシン』でデビューしてから6年目に『ハピネス』を書き上げたとき、小説家の嶽本野ばらは完成したと感じ、もうやめようと思ったんです。僕の読者もそのことは分かっていたと思います。それは『ミシン』から読み始め、『ハピネス』を読めば、完成した/終わったと分かります。もともと小説家になろうと思って、なったわけでなく、なりゆきで文章を書き始め、エッセイの延長のような小説を書いて、読者もついてくれて、『ハピネス』でやめたら綺麗に終わるし、ファンなら分かってくれると思っていた。こんなこと言っても、誰も信じてくれなかったけど、本当にやめようと思っていた。ただ、依然として仕事(注文)があったし、書こうと思ったら、書けてしまう。だから以降は、惰性で書いていた。いいものを書いていないのは自分で分かっていました。

「作家生命」は賭けてない!?

――『純潔』の帯には「作家生命を賭けた長篇小説」とあります。

野ばら そのコピーは、僕が言ったことでなく、担当の編集さんがそう考えて書いた言葉だから、僕に訊かれても困るんですけど(笑)。ただ、『純潔』で描いた政治思想や革命に生きた青春群像は、むかしから書きたくて、実力が付いたら書こうと考えていました。小説家をやめず、区切りもつけず、ズルズルと書きつづけていたから、これを書き上げて、ひと区切りつけたいとも思った。逮捕されたときは、2度目だったから、今度は実刑になると言われ、牢にぶちこまれたら、小説は書けなくなると慌て、公判が始まる前に京都で治療しながら『純潔』の改稿を急ピッチで進め、公判が終わったときには終えてました。

――ということは、帯に書かれてある「「新潮」掲載から改稿四年余」というコピーは虚偽ですか?

野ばら 判決が出たあとも、文章のリズムを整えたり、直したりしていましたし、改稿を編集者に送ったら、「こことここを直して欲しい」と注文があり、ふたたび改稿していた。いざ、本を出すことになっても、「ここは、どうなんだ?」と編集さんとゲラでやりとりというか応酬があって、原稿をけっこう差しかえ、徹底的に直しを入れました。『純潔』がいまの本の形になるまでは、かなり手間ヒマがかかってますから、「改稿四年余」は虚偽ではないですね。

――ほかにも「書きたいものを」書いていたんでしょうか?

野ばら 書いてました。三部作となる長篇で400字詰め原稿用紙で計1000枚くらい、第一部、第二部、第三部でそれぞれ300枚になるのかな。『純潔』の延長線上にある内容ではないし、思想や哲学などのイデオロギーを書きたかったわけではなかったけど、『純潔』を書き上げた者がその次にリリースするなら、イデオロギーは無視できなかったし、どうしても延長線上になっていた。ですが、注文もなく、書きたいものを書いたからか、新潮以外のお世話になった編集者に読んでもらったら、評判がすこぶる悪い(苦笑)。『純潔』が出たのを機会にこの三部作は潔く封印し、また一から新作を書き直そうと、いまは思っています。

これまでの小説はエッセイに毛がはえたようなもの

――4年ぶりの小説『純潔』を、いま手にされ、どんなお気持ちでしょうか?

野ばら これはリリースできないか、あるいはリリースしてもらえないかと思ったことがあるし、出せなくてもいいやと諦めかけたことも、正直ありました。改稿と校正はリリース直前までやり、校了になったときは、本文の500数ページが頭の中に貼り付いていて、数日かけて消去したほどです。これまで自分が書いてきたものは、みんなが「小説」と呼んでくれるので、特に否定はしてこなかったけど、自分ではエッセイに時間枠をつけただけの、エッセイに毛がはえたようなもので、小説だとは考えてなかった。でも、今回は初めて小説になっている気がしています。ページ数は多いし、「革命」「オルグ」「共産主義」「石川啄木」など「時代遅れ」と言われそうなワードが使われ、アニメのサークルが絡み、二次元やコミケの話も出てきて、「何のこっちゃ?」と思われるかもしれないけど、読み進めてもらえれば、すらすら読めるし、引き込まれます。そうしてもらえるため、文章のリズムを整えたし、全体のフォルムや展開に気をくばりましたから。
 また、分厚い本ですが、手に馴染んでくると思う。クラッチバッグみたいに携えられるし、潔いほど真っ白なカバーにアラビア語のパール箔と墨文字で、これぞ松田行正デザイン(注 松田行正氏は野ばらさんの本の装幀をずっと手がけてきたデザイナー)。読んでいるうちに真っ白なカバーが汚れ、ヤケも目立ちそうですが、松田さんの意図は、それらを楽しんで、時の経過を味わって欲しいらしい。オブジェとしても、なんか良い感じで、素晴らしいです。

――これからも小説を書きつづけるんでしょうね。

野ばら 栗原茂美さんが新たに立ち上げたブランド「メロディバスケット」で文章担当としてプロジェクトに参加させてもらい、7月にコラボで絵本を出しました。お洋服がメインのメゾンの裏方の、こういう仕事は充実感があって、これからも文章担当の裏方仕事をしたいですね。「嶽本野ばら」という看板をかかげているから、表に出るのが好きなんだろうと思われがちですが、はじまりは雑誌の編集者やライターだったし、裏方をやるのが実はいまでも好きです。自分は裏方として読者が生きていくための文章を作っているという意識もあるし。では何故に裏方でなく、主役をはってきたかと言うと、自分名義でやった方が早いから。頼まれればゴーストライターをやることにいささかの逡巡もありません。こう言っては何ですが、僕は文章を書くことに、とにかく秀でていますから(笑)。ほかに出来ることは、そうそうなさそうだし、小説を含め今後も文章は書いてはいくでしょうね。

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嶽本野ばら
京都府生まれ。2000年『ミシン』で小説家デビュー。『エミリー』と『ロリヰタ。』が三島由紀夫賞候補に、『下妻物語』が映画化(中島哲也監督)され、好評を博した。著書に『シシリエンヌ』『タイマ』『傲慢な婚活』『落花生』などがある。

収録および撮影 ライト商會三条店

新潮社
2019年8月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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