[本の森 恋愛・青春]『夏物語』川上未映子/『緋の河』桜木紫乃/『純潔』嶽本野ばら

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書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『夏物語』川上未映子/『緋の河』桜木紫乃/『純潔』嶽本野ばら

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 川上未映子『夏物語』(文藝春秋)は、生まれることの意味を考えさせられる長編だ。主人公は、小説家を目指し大阪から上京した30代の夏子。恋人もなくセックスをするつもりもないが、自分の子どもに会いたいと思うようになり、精子提供について調べている。その過程で、AID(非配偶者間人工授精)で生まれ、生物学上の父親を探す青年・逢沢さんと出会い、惹かれる。

 逢沢さんの恋人で、AIDによって生まれ心に傷を負った善百合子。経済的に苦労して娘を育てている姉・巻子。仕事に一途な独身の編集者・仙川さん。個性的な作家でシングルマザーの遊佐。子どもを持ちたいという夏子の願望に対し、それぞれが反応し感情がぶつかり合う。生き方も抱えているものも違うひとりひとりの人生が、目の前に迫ってくるようだ。はっとするような美しさのラストを読んだ時、なぜだか許されているような、生きていて良いのだと小説が言ってくれたような気持ちになった。

 桜木紫乃『緋の河』(新潮社)は、タレントのカルーセル麻紀氏をモデルにした小説だ。著者もモデルも釧路出身。読んでいると凍りついた冬の空気が漂ってくるようだ。主人公の秀男は、ひな人形のようにかわいらしい容姿に生まれ、物心ついた時からきれいな女郎に憧れを抱く。初恋の相手はたくましい少年・文次。東京の相撲部屋に売られた彼をいつか取り戻したいと願う。思春期になると、男子生徒たちに「玩具」と呼ばれ、東京のゲイバーで働くことを夢見るようになる。それなりに充実した青春時代を過ごしていたが、ある出来事をきっかけに、家を出る。

 人と違うせいであざけりを受け、屈辱的な目にも会う秀男。それでも自分を曲げることなく、「あたしはあたし」を貫く真っ直ぐな生き方に、心を打たれずにはいられない。ゲイボーイとして成功した秀男は、どんな人生を歩むのか。続編が楽しみだ。

 嶽本野ばら『純潔』(新潮社)の舞台は、東日本大震災翌年の東京の大学だ。新入生の「僕」は、筋金入りのオタクたちが集うアニメ研に強引に入会させられてしまう。彼らの情熱に巻き込まれつつ、たった一人で政治活動をしている風変わりな女子学生「君」と出会い、好意を持つ。少しずつ二人の距離は縮まり、「僕」は危険な活動に自ら進んで足を踏み入れていく。

 アニメ研の先輩たちやクセの強い活動家たちとの議論は、ユーモラスかつエキサイティングだ。融通のきかない「僕」と自分の信念のためだけに生きる「君」の会話は絶妙な具合に噛み合わず、読んでいると笑いがこみあげてくるのだが、胸が苦しくなるほど切なくもある。生き辛さを抱えた乙女たちのために執筆を続けてきた著者にしか描くことのできない、美しくもどかしい青春だ。初めて嶽本氏の小説を読んだ19年前と同じように、私の心は静かに震えた。

新潮社 小説新潮
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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