一緒に働く人々を理解したい!――【自著を語る】『組織行動』

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組織行動

『組織行動』

著者
鈴木 竜太 [著]/服部 泰宏 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784641150669
発売日
2019/04/24
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

一緒に働く人々を理解したい!――【自著を語る】『組織行動』

[レビュアー] 鈴木竜太(神戸大学大学院経営学研究科教授)/服部泰宏(神戸大学大学院経営学研究科准教授)

 この春、「組織行動」を共著で出版しました。書名の通り、組織行動に関するテキストです。組織行動(Organizational Behavior: OB)は、組織の中の人間行動を研究する学問分野で、アメリカ経営学会では、組織行動のDivisionに所属する研究者はたくさんいて、大きな学問分野となっています。しかし、日本ではまだ、組織行動の研究をしている人は決して多くありません。リーダーシップやモチベーションといった組織行動の中心概念が一般的になり、経営現場においても注目されているにも関わらず、日本の組織行動研究は細々としか進んでいません。また実は、「組織行動」と銘打った教科書もそれほど多くは出ていないのが現実です。こうした中で本書は、組織行動を学ぶ初学者のためのテキストではありますが、組織行動の面白さを理解し、関心を持つ読者を一人でも増やしたいという共通の思いに基づき書いたものです。

 著者二人で何度も議論を重ねながら担当の章を決め、書いている途中もアイデアを盛り込んだり落としたりしながら、執筆は進みました。どのようなトピックを入れ、どれを外すか、そもそも組織行動の本質的な考え方とは何か、どんな工夫をしたら初学者にとって学びやすいか。共著という作業は、組織行動という学問分野を学ぶ上で何が大事だと考え、また、この分野全体をどう捉えているか、などそれぞれの思考の違いに気づく興味深いプロセスでもありました。この稿では、著者二人がそれぞれの立場から、共著のプロセスの中でお互いに感じた気づきや面白さを綴っていきたいと思います。

因果関係に注目するというアイデア

[服部]組織の中の人間行動についてのテキストを因果関係に注目して解説する、という本書の基本的なモチーフを出してくださったのは鈴木さんです。各章の冒頭部分で、組織のなかで起こる様々な出来事について「なぜそうなるか?」「どういう理屈が潜んでいるか?」といった問いを立て、それについて本文の中で解説していく、というアイデアです。多くのテキストが、「こんな理論がある」「これが大事な用語だ」といった風に、理論や概念をベースとしているのに対して、本書では、読者に会社や職場、組織の「なぜ」をまず考えてもらい、それを説明するための道具として、組織行動の理論や考え方を紹介しています。組織行動の基本・論理を身につけて、応用できる力を付けることを目指したわけですが、まずもってこれが本書の特徴だと思います。私自身が学生時代に、「なぜ」を考えることの大切さを(私の先生でもある)鈴木さんから何度も教えられたことを、執筆中に幾度となく思い出しました(笑)。

[鈴木]同じ状況に置かれても人は必ずしも同じことをするわけではありません。だから人を理解するのは無理だと考えるのか、だからこそ人を理解しようと考えるのか。組織行動を研究してきた人たちは後者の立場に立って研究を進めてきましたし、そこにこの学問の魅力を感じてきました。グローバル化、職場の多様化が進むにつれ、一緒に働く人々を理解しようという考えはより重要になってくると思います。本書を読んで、少しだけでも「なぜ」を考える面白さやその思考がわかってもらえると嬉しいです。私も共著のプロセスの中で、たくさんの「なぜ」に出会い、ずいぶん服部さんへの理解が進んだと思います(笑)。

研究方法に関わるコラム

[鈴木]本書には11のコラムが挿入されていますが、ほとんどは服部さんによるものです。コラムのいくつかは、組織行動を研究する際によく用いられる統計的方法の用語(コラム①モデレータ、コラム②信頼性と妥当性)や研究の用語(コラム⑨次元)について書かれています。コラムは服部さんのアイデアでした。組織行動論の知見だけを知れば十分だと考えれば、これらは初学者にとって不要の知識です。しかし、理論が生まれる過程に関わる考え方、あるいは知見の後ろ側にある基盤的な知識は、実は、組織行動論の理論をより豊かに理解する上で重要なのです。なぜなら、我々がテキストで目にする(実証された)理論体系は、目に見えない態度や行動というものを丁寧な方法と(可能な限り)厳密なプロセスによって明らかにしようとした先人たちの積み重ねの成果だからです。このテキストやコラムで紹介しきれなかった理論や概念は山のようにあります。これら理論や概念のバックヤードを少しだけ覗いてもらうことが、組織行動の面白さを知ることにつながればと思います。

[服部]正直に言えば、統計的方法の用語や研究の用語まで入れるかどうかに関しては迷いがありました。このテキストの目的は、様々な組織行動の原因(X)とその結果(Y)がどうつながっているのか、要するにX→Yを伝えることにあるわけですから、読者の皆さんには例えば、「自律性を高めれば(X)、高い内発的動機づけにつながる(Y)、なぜならそれが個人に責任の実感をもたらすからだ(XがYにつながる理由)」ということをお伝えすれば、それで十分だったのかもしれません。にもかかわらず、私たちが本書で、X→Yを導くためのアカデミックな考え方やルールについて記載することにしたのは、巷に溢れる書籍や論文に書かれた情報の中から良質なX→Yを評価したり、さらに言えば、良質なX→Yを紡ぎだしたりといったことに、みなさん自身にも挑戦していただきたかったからです。例えば「信頼性」や「妥当性」という考え方は、アカデミックな研究を読みこなすためだけでなく、自社の採用選考を考えたり、人事評価を考えたりするためにも役立つのです。

HRMとの近接性

[鈴木]本書のテキストとしての特徴の一つは、HRM(人的資源管理)に接近するイシューが比較的多くとり上げられていることだと思います。外から見ればとても近いように見えるこの二つの領域が一つのテキストの中で一緒に書かれることは、実はこれまであまりありませんでした。本書では、服部さんの意見もあり、評価や報酬、採用といったHRMでも触れられるような内容を盛り込んでいます。これらが含まれる章は結果として私(鈴木)が執筆することになりましたが、書いてみると色々な気づきがありました。通常、二つの分野の関係は、施策者(組織)側に立つHRMと被施策者(個人)側に立つ組織行動という図式(HRM→組織行動)になります。ただし、二つの分野を同時に取り扱う時、その関係はもう少し緊張したものになります。例えば、目標管理のような評価の制度は単にそこで働く人の組織行動の方向性を定めるだけではなく、公平性というフィルターを通すことで、その組織行動に様々な影響をもたらすことが論理的に導かれます。また採用制度は、確かに企業に必要な人材を採るというプロセスではありますが、同時に考えねばならないのは、採用した人が長く企業で活躍してくれるということです。必要な人あるいは優秀な人を採用したとしても、その人がすぐに辞めてしまう、あるいは入社してもらえなければ、企業にとっては大きな損失です。また個人側からすれば、自分のキャリアの入り口を決めることでもあります。そう考えれば、採用というのは単に必要で優秀な人を採れば良いというプロセスではなく、組織の中の人間関係に大きな影響を与えるプロセスであるがわかります。組織行動は通常、組織的な制度やその方法は所与のものとして考えますが、そのトピックをいくつか関連させることで、組織としての人材マネジメントへの組織行動の影響がよくわかるテキストになったのではと感じています。

[服部]実践的にも学術的にも、HRMと組織行動はとても密接な関係にあります。ごく大まかに言えば、パーソナリティのような個人特性と、その人を取り巻く環境とが組み合わさって、組織の中の人間行動が起こります。環境には、本書でも解説したように、仕事の設計や上司のリーダーシップや人間関係など、実に様々なものが含まれます。このうち、個人の環境としての人事施策が、個人に対して与える影響に注目する研究領域を、ミクロHRMと呼ぶことがあります。この本で紹介したのはミクロHRMの一部です。これに対して、人事施策がどのように企業全体の成果につながるかや、様々な人事施策を矛盾なく設計するにはどうすれば良いか、といった企業全体レベルに注目するのがマクロHRMです。マクロHRMについては、私たちの仲間である平野さんと江夏さんが書いた、同じ有斐閣ストゥディア・シリーズの『人事管理』が詳しいので、そちらをご参照ください。一般的な組織行動のテキストの中でミクロHRMのトピックが紹介されることは確かに少ないと思いますが、それは鈴木さんと私が同じ組織行動研究者でありながら、お互いの関心が微妙に違うということによるのかもしれません。今回のテキストで言えば、私は採用や育成、あるいはそうした会社の施策を個人がどう理解しているかに関わる心理的契約などHRMに近い領域に、鈴木さんはコミットメントや職場の人間関係など、人事制度よりもむしろ、実際に現場で働く人々の関係性やそれがもたらす組織的なプロセスの方に、関心があるように思います。議論を重ね、お互いの原稿を読みあう中で、私の中でこうした違いが少しずつ鮮明になってきたように思いますし、本書の構成にもそれがしっかりと反映されているように思います。

[鈴木]共著のような共同作業の良さは、結果として一人ではできないようなことができることにあります。その点では著者二人の違いは、自分一人ではこういう教科書は書けなかったな、という私の思いに繋がっています。しかし、それが読者にとって良い方向で結実しているのかはよくわかりません。本書内に登場するショウゴくんやカナコさんのように、読み進める中で組織行動の面白さに気づいてもらえれば、著者としてまずは良しとしたいと思います。

有斐閣 書斎の窓
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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