『図書室』
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『劇場』
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【『図書室』(岸政彦著)刊行&『劇場』(又吉直樹著)文庫化記念対談前篇】表現するって恥ずかしい
[文] 新潮社
悔しいから明晰になる
岸 主人公・永田の恋人の沙希が一回だけ、永田が書いた芝居に出ます。その場面で、なぜ沙希に出てもらったかについて、複雑な感情を複雑なまま出してる子やからって書かれていましたね。
又吉 人の顔を見るのが好きなんですが、あまりにも発言と表情が一致してると、作為的なものを感じて怖くなる。この人、役者やなって。逆に、「面白いですね」って言ってるのに全然笑ってないとか、そういうのが好きで。いろんな感情が混ざっている人のほうが、こちらの思っていることを伝えられる、託せる気がします。
岸 芸人さんとして活躍されて、小説もこれだけ評価されている方ですから当たり前ですけど、よく見ていらっしゃるなって思います。
『劇場』に演出家の小峰という、永田のライバルというか、同い年で認められている人物が出てきます。永田は小峰の芝居を見て打ちのめされるんですが、「ここで諦めたら楽だ」と思うんです。「だから適切に傷ついて帰ろう」と。これすごくいいですね。そして小峰のインタビューがある雑誌に載っているのを見つける、その場面がまたリアルで、めっちゃわかる。最初にバーッと流し読みするんです。字面だけ拾って、ああ、大したこと言ってないなって安心するんですが、でも後からめっちゃ読む(笑)。ああいう経験は実際にあったんですか。
又吉 若いころは、同業者や同世代の活躍は直視できませんでしたね。
岸 ものすごく悔しいのに、だからこそ明晰に、過剰に分析的に読んでいる。永田もインタビューの受け答えをいちいち批評していて、この答え方うまいなとか、こう返すと批判しにくくなるな、そして最後にちょっと実存的なこと入れてきたな、とか……。
又吉 面倒くさい主人公ですね(笑)。
岸 又吉さんの小説に出てくる人物って、永田をはじめ、みんな分析の射程が長いですよね。単に朗らかだったり暗かったりするんじゃなくて、分析が何周も回ってる。これは又吉さん自身を反映しているんですか。
又吉 視点や感じ方は、若いころの僕に近いですね。
岸 今の自分とは違う?
又吉 今は変わってきていると思います。
岸 まあ、今ど真ん中だったら書けませんし。
又吉 昔は、例えば居酒屋で、一人の女の子ばかりしゃべってて、別の女の子が疎外感を抱いているだろうから、そっちに話振らないと、みたいなことを考えながら、その話し続けてた子が話し終わったときの表情とかよく見ていました。
岸 意地悪やなあ(笑)。
又吉 話し終わった余韻に浸っているのか、別の子の話に協力してあげようと思っているのか……その時は、その子、メニュー見てた。
岸 (笑)もう離れちゃってるんだ。
又吉 それで、僕はその子に「普段どういう人と遊んでるんですか」って聞いたんです。子供のころの友達少なめやろなって思ったんで。そしたら、地元の友達とはあまり遊ばないって答えで(笑)。
岸 プロファイリングを常にしている。
又吉 そういうことを常に気にしている時期がありました。
勝つにはドラマがないと
岸 永田が鍵を使った芝居を作りますね。あの場面もすごくよかった。観客を舞台に上げて、その人が使っている鍵を受け取った役者が、イメージをふくらませて話を作るという内容なんですが、これが見事にスベる。その記述の容赦のなさがすごかった。僕らは人前に出るといっても授業やこうしたイベントですから、見に来る人も好意的ですが、舞台でコントをするときとかは「お手並み拝見」みたいな人も多いですよね。
又吉 明らかにアウェイやなってことは、若いころはありました。
岸 そういう中で表現をしていると、否が応にも再帰的な、リフレクシブな眼差しに、自分自身がなる。あと、永田の劇団にいた青山という女性が小説を書くんですが、この内容やタイトルがちょっと変わっているというか、イキッた感じで、それに対して永田が「これが許されるのはめちゃくちゃ売れる人だけだよね」って言ってて、意地悪やなあと(笑)。
又吉 僕じゃないですからね。そこまで意地悪じゃない(笑)。
岸 あのダメ出しの容赦のなさがよかったです。僕も本業の社会学ではポジションを気にしますけどね。学問ってポジションをどこにとるかで論文を書かなくちゃいけない。
又吉 大会とか出ると、ポジション気にします。どこで負けたらいいかとか。
岸 優勝したらダメなキャラだってご自身でも思ってるんですか。
又吉 段階を経てドラマを作って、「次、こいつが優勝しそうやな」って思わせてから優勝だと思うんです。だから自分は自然なところで負けようと思うんですが、意識すると、それより手前で負けてしまう。それこそ一回戦で負ける(笑)。子どものころからそうでした。
岸 めんどくさい子どもやなあ(笑)。でもちょっとは勝ちたいという気持ちもあるんですか。僕は子どものころから勝負を降りちゃうんです。体育、特に球技が全然できなくて、ドッジボールでは自分から当たりに行ってました。
又吉 めっちゃ想像できますね(笑)。僕にも勝ちたい気持ちはあって、そういう時はエゴイストになります。
岸 今日は俺の日だって感じですか。そういう記述が『劇場』にもありましたね。小峰の舞台を見た後に「今日は俺の夜じゃない」というような言葉が。