最凶のJKヒロインがバス転落事故と弟の死の謎に迫る。恐怖と暴力が荒れ狂う閉鎖空間サバイバル!『高校事変 IV』

レビュー

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高校事変 IV

『高校事変 IV』

著者
松岡 圭祐 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041090091
発売日
2019/11/21
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

最凶のJKヒロインがバス転落事故と弟の死の謎に迫る。恐怖と暴力が荒れ狂う閉鎖空間サバイバル!『高校事変 IV』

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:吉田 大助(よしだだいすけ) / 書評家・文芸ライター)

 令和元年、初月(五月)から開幕した松岡圭祐(まつおかけいすけ)の〈高校事変〉シリーズが、ハイスピードで第四巻に到達した。前巻は編集者の手によりオビに「シリーズ最高傑作」と銘打たれていたが、本巻に勝手にキャッチコピーを付けさせていただくならば「シリーズ最大の転回点」となるだろう。読み終えた際の茫然(ぼうぜん)自失感は、過去三巻を大きくしのぐ。本巻から読み始めることも可能だが、できれば第一巻だけは読んでおいてほしい。実は本巻には、第一巻の本歌取り──第一巻に登場したシチュエーションをあからさまに作中で取り入れながら、真新しく作り変える──という側面があるからだ。

 と、ここでいささか個人的な感慨を記しておきたい。〈高校事変〉シリーズを読み継いでいくことで、松岡圭祐作品の魅力をひとつ発見することができた。「既に描かれてしまった決定的な結末の先で、どう物語を続けることができるのか?」という不安を、やすやすと超えていく強きよう靭じんな想像力だ。特に、第二巻を読み始める前が不安のピークだった。

『高校事変』第1巻
『高校事変』第1巻

 第一巻の内容および初期設定を振り返っておこう。主人公の名前は、優莉結衣(ゆうりゆい)。「戦うヒロイン」の物語に定評のある松岡圭祐が、初めて抜擢(ばってき)した「女子高生ヒロイン」だ。高校二年生の彼女は、平成最悪のテロ事件を起こし死刑となった半グレ集団のボス・優莉匡太(きょうた)の次女である。九歳の時に父が逮捕されるまでは学校にも行かず、父から犯罪や暴力にまつわる知識や技術を教授されてきた。「テロリストの子」として世間から白い目で見続けられてきた、そんな彼女が神奈川県川崎(かわさき)市内の児童養護施設から通っているのが、武蔵小杉(むさしこすぎ)高校だ。

 この高校を、総理大臣がSPを引き連れて訪問したところから物語は始まる。謎の武装勢力が大挙して侵入し、校内にいた半数近くを殺戮(さつりく)するとともに、総理大臣を人質に取ろうと画策する。そこで立ち上がったのが、優莉結衣だ。武器もなければ一緒に戦う仲間もいない状態から、まさしく「一騎当千」、敵をばったばったとなぎ倒していく。寸止め&峰打ち精神は、そちらがこちらの命を奪おうとしているのだからしょうがない、とかなぐり捨てて。

 優莉結衣の手にかかれば、地理室の古地図が炎の絨毯(じゅうたん)に、電子レンジは高性能爆弾に変わる。筆者は第一巻の解説で、サバイバル・アクションものとしての本作の魅力についてこう記した。〈舞台が高校であるため、本作の「戦うヒロイン」が手にできるものは、校内にある日用道具しかない。しかし、負けない。彼女が駆使しているのは、文化人類学でいう「ブリコラージュ」の思考法だ。既に目の前にある、ありあまりのものを組み合わせて新しい「武器」を作るということ。その結果、物語の内部には類例のない新しい「アクション」を生み出すということ〉。そして、ある登場人物の「最悪の状況におちいった国家の縮図が、きょうのこの高校だったかもしれない」というセリフを引いたうえで、こう書いた。〈彼女のアクションは、学校という閉鎖空間、内閣というシステム、国家という共同体に打撃を与え、切り裂く。(中略)現代日本に暮らす人々は、優莉結衣のアクションを目撃する義務がある〉。この物語は、日本社会の有りように違和感を抱く「子供」から、この社会を作った(それを受け入れた)「大人」への異議申し立てだ。

 平凡な作家であればシリーズの最終巻まで取っておくような、国家規模のばかでかい「事変」を描いた後で、何が描けるのか。それ以上に懸念だったのは、舞台となった武蔵小杉高校は、校内にいた約半数の生徒や教師が殺され校舎は半壊状態となっている。「犯罪」とされる行為をおかした優莉結衣自身、〈もうここの高校には通えない〉とつぶやいているのだ。なのに『高校事変』と題したシリーズを、どうやって続けることができるのか?

 松岡圭祐の次なる一手は大胆不敵、かつシンプルだった──優莉結衣を転校させ、物語の舞台となる高校を変える。第三巻では、新たな一手が示された。優莉結衣には、父のDNAを継いだ腹違いのきょうだいが多数存在する。その一人が通う学校で勃発(ぼっぱつ)した事変に、優莉結衣が直面し解決に奔走する。

 シロウトが「ここがマックス。ここが極限」と勝手にジャッジした物語の枠組みを、松岡圭祐はやすやすと超えていく。考えてみれば昔からそうだった、だから好きだったんじゃん……と再発見を重ねていったところでリリースされたのが、本巻だった。それは、「シリーズ最大の転回点」だった。

松岡圭祐『高校事変 IV』(角川文庫)
松岡圭祐『高校事変 IV』(角川文庫)

 物語の構成自体、過去三作とガラッと変わっている。まず登場するのは、東京の葉瀬(はせ)中学校二年C組の面々だ。スキー教室での移動中、雪が舞う新潟県魚沼(うおぬま)市の山道をバスに乗って進んでいる。車中の和やかな空気を乱す存在は、優莉健斗(けんと)だ。平成最悪のテロリストの三男である彼は、クラスメイトに噓ばかりつく「オオカミ少年」として扱われていた。そんな彼がついた最新の噓を糾弾する会話の途中で、バスが事故を起こし坂下へと転落する。意識を取り戻した子供達は、おびただしい数の死者に怯おびえながらも、唯一の大人の生存者である運転手と共にサバイバルを始める。避難した廃校の一室で身を寄せ合っていたところ、優莉健斗が突然部屋を飛び出し、運転手が後を追った。銃声が響いた──。

 のちに明らかになった事実では、優莉健斗と運転手は、猟銃で撃たれて死んでいた。現場の状況から、優莉健斗が運転手を射殺し、その後自殺したことは明らかだった。だとしたら……なぜそんなことをした? 冒頭に不可解な謎が提示され、探偵役がその論理的解決に挑む。『高校事変』第四巻にあたる本巻は、シリーズ初の「本格ミステリー」として開幕する。探偵役はもちろん、優莉健斗の姉である、優莉結衣だ。

 自分の身を守ろうという行動が加速すると、他人を傷つけることへと繫(つな)がる。事件の真相にあたる部分のドラマは、決して絵空事ではないだろう。ネットの掲示板やSNSという自意識加速装置を人々が身につけた、現代社会がもたらす新たな悲劇であり絶望のかたちだと言える。張り巡らされた伏線や情報の提示の仕方など、ミステリーとしてきっちり高品質。何より驚かされるのが、わずか一三〇ページ弱で探偵がさっさと事件の真相を解き明かしてしまうところだ。ヒロインの親族の死という衝撃的な展開は、この物語にとってジャンピングボードに過ぎない。舞台をとある「高校」に移して描かれる「事変」こそが、メインディッシュだ。

 詳しくは物語を丁寧に読み進めていき、その「高校」の特殊な設定に触れて唸うなって、驚いていただきたいのだが、極端ではありながらも現実に存在し得るギリギリのリアリティを絶妙に突いてくるところ、やはり松岡圭祐だ。因果と因縁が絡み合い、固有名詞を伴って登場したキャラクターたちがずらりと集まったところで、決戦の幕が開く。出入り口や窓が塞(ふさ)がれた五階建ての校舎。第一巻以来となる、閉鎖空間サバイバルだ。

 第一巻の時は、優莉結衣が早い段階で総理大臣を確保していたため、襲撃犯との交渉や情報戦が可能となっていた。しかし今回は、取引材料となるような人物やモノがない。自分たちを殲滅(せんめつ)するためだけに迫り来る襲撃犯を、ひたすら退け、躊躇(ちゅうちょ)なく殺す、シリーズ随一のアクションシーンが連鎖する。いやぁもう、筆が乗りに乗っている! この作品ならではだなと思うのは、例えばこういう記述だ。〈結衣は前方だけを見つめ、ひたすら廊下を走りつづけた。教室の前後の長さは、全国学校の標準で七メートル。教室をふたつ越えたあたりで、背後に男子生徒らのわめき声と靴音をきいた。距離は後方十四メートルとわかる。(中略)追っ手との差が縮まるまで、あと四教室は走れる〉。我らがヒロインは、特殊な戦場の距離感をより直感的に理解できるよう、距離の単位を「メートル」から「教室」へと変えているのだ。

 第一巻で指摘した「ブリコラージュ」的アクションは、今回も健在。ただし、普通の学校にあるべきさまざまな備品が、この「高校」には何故かない。それにはいくつかの理由があるのだが……優莉結衣には関係ない。どう考えても戦闘に役立たなそうなモノも、彼女は武器や防具に変える。また、今回も銃は出てくるものの、教室という狭小空間では意外なほど扱いづらい。その結果、接近戦の武器や格闘技──トンファー、テッキョン、モーニングスター、システマ、ジャマダハル──がバトルに持ち込まれている点も新機軸だ。「タイマン上等!」なヤンキー漫画のテイストがちょこちょこ入ってくる。

 閉鎖空間サバイバルものに対する、メタ(批評的)な視点も本シリーズの魅力だ。同ジャンルのお約束ごとの一つは、「ここから生きて帰れたら」などと言った奴は死ぬ、いわゆる「死亡フラグ」。このお約束ごとは、実は論理的に説明できる、と優莉結衣は言う。「生きて帰れてからのことなんて、考えないほうがいい。脳の一部をそこにとられる。特に希望を感じたときがやばい」。……だからか!!

 このセリフに象徴されるように、命がかかった戦場という場においては、社会的に庇護(ひご)される未成年の「学生」である優莉結衣こそが、現状を生き抜く知恵と覚悟を授ける「教師」となる。賢(さか)しらな「大人」たちに、お前の持っている知恵や知識など今は役に立たないと、「子供」が教える。この逆転構造が、本シリーズに一貫している魅力だ。それに加えて本巻では、優莉結衣が、まるでかつての自分そのもののような環境を生きる「子供」たちに、教師として振る舞うシーンが登場する。かつての自分も同じような苦しみを抱いていたからこそ、「子供」たちの心にしかと届く言葉を紡ぐことができる。このシーンを書いたことで、このシリーズはひと回り大きなものとなった。優莉結衣のアクションは、この最悪な社会で安穏と暮らす「大人」たちの日常を切り裂くだけではない。これからの社会を作る「子供」たちの、希望を切り開くためにある。だから──現代日本に暮らす人々は、優莉結衣のアクションを目撃する義務がある。
 最終章では、これまで積み上げてきたストーリーをひっくり返す展開が生じる。そしてこのシリーズでは初めて、明らかに物語が続いていくことを予告する、強烈な「引き」が現れる。「シリーズ最大の転回点」となった本巻を経た、次の一巻できっと何かが動き出す。とにかく、早く続きが読みたい!

▼松岡圭祐『高校事変 IV』の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000276/

■「高校事変」シリーズ解説

『高校事変』武装勢力の襲撃により、学校は陸の孤島に――松岡圭祐の真骨頂「戦うヒロイン」が活躍!
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KADOKAWA カドブン
2020年02月05日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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