『誰も気づかなかった』
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<東北の本棚>静かな抗議「真理」問う
[レビュアー] 河北新報
<微笑みがあった。/それが微笑みだと、/はじめ、誰も気づかなかった。/微笑みは苦しんでいたからである。>
<苦しみがあった。/それが苦しみだと、/周りの、誰も気づかなかった。/苦しみは無言だったからである。>
本書は怒りを抑えた後に残る悲しみをまとった詩集であると同時に、「真理」を静かに問い掛ける哲学の書でもある。通底しているのが、無自覚で、無理解で、無慈悲で、怠惰な、世の中の面倒なものから目を背ける者たちへの静かな抗議である。
著者は福島市出身の詩人長田弘(1939~2015年)。詩集「深呼吸の必要」「記憶のつくり方」などで知られ、平明な言葉で人生のありようを思索する詩や児童文学、評論、エッセーを数多く残した。
本書は死の2、3年前まで愛知公立高校教職員組合と臨済宗建長寺派の発行紙・誌で連載した詩を編さんした。発表の場が一般向けではないことを考慮しても、その普遍性はいささかも揺らがない。
前半は教育現場への問い掛けとも読める。いじめ、過当競争、虐待、対立…。さまざまな問題を抱える学校、家庭、職場などへの申し立てなのだろうか。後半の「夜の散文詩」5編は、レトリックにふけた現代詩とは一線を画す。エッセーのようでありながら寓話(ぐうわ)のような詩性がある。
<なぜがあった。/しかしなぜと、/ここにいる誰も、問わなかった。/なぜには答えがなかったからである。>
意味を持たなくても考え続けること、答えがなくても問い続けること。著者は遺言を書くような思いで詩を刻んだのではないか。対話を切り捨て、愚直に考えることを放棄したかに見える現代社会の中で、大きく余白を取ったわずか83ページの本書は、小さくとも確かなともしびとなるだろう。
みすず書房03(3814)0131=1980円。