[本の森 仕事・人生]『どうぞ愛をお叫びください』武田綾乃/『水を縫う』寺地はるな

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どうぞ愛をお叫びください

『どうぞ愛をお叫びください』

著者
武田 綾乃 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103533511
発売日
2020/06/29
価格
1,485円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

水を縫う

『水を縫う』

著者
寺地 はるな [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717129
発売日
2020/05/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 仕事・人生]『どうぞ愛をお叫びください』武田綾乃/『水を縫う』寺地はるな

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 自分の才能に自信はないけれど、お前の才能には自信がある。だから、「ユーチューバーやろうぜ」。映像制作を趣味とする高校一年生の松尾直樹が、幼馴染の織田博也に誘われ、さらに二人のメンバーを巻き込み、男四人のユニットを結成。ゲームを実況しながらプレイする「ゲーム実況」のジャンルで、人気獲得を目指す――。武田綾乃『どうぞ愛をお叫びください』(新潮社)は、昨今増えつつあるユーチューバー小説の新機軸であり、青春小説の最新形だ。

 ゲーム実況をよく知らない人やユーチューバーの世界に詳しくない人でも楽しめるよう、オタクで研究熱心な主人公の語り=地の文には、専門知識や情報が厚めに盛り込まれている。しかし、いざ四人が集まった時は、徹底的にオモシロな会話劇へと変貌する。彼らはゲームのスーパープレイ動画ではなく、一緒にゲームをする仲間たちの個性や関係性を楽しむタイプの動画で戦うのだから、会話が楽しくなければ全ておじゃんだ。そんな懸念を、作者の筆はさらっと払拭する。問答無用の説得力で四人のお喋りや関係性の楽しさを描き出し、ユーチューバーで成り上がる、という快感のストーリーを実現してみせる。

 物語の後半では、「仕事」という側面がクローズアップされる。自分が作りたいものを作るか、それとも大勢にウケるものを作るか。「仕事」の観点では後者を選ぶべきだが、それでいいのか? 人気が出たことで、誹謗中傷が渦巻くようになった。それでも続けるか? 何を選ぶのが正しいのかはわからない。ただ、選んだならば、腹を括れ。世間がよく言う「『好き』を仕事にする」は、甘美さに意味が傾きがちだが、この物語は厳しさを忘れていない。

 寺地はるな『水を縫う』(集英社)の主人公・松岡清澄も、高校一年生だ。彼は裁縫が好きだが、その気持ちを表に出すと、男らしくない、「普通の男子高校生」らしくないと周囲に言われてしまう。そんな彼が、姉のウェディングドレスを縫う経験を通して、好きなものを好きと言うことの大切さを知り、「『好き』を仕事にする」ことを想像し始める。〈ずっと刺繍だけをしていられるような、それで食べていけるような仕事が存在するのかどうか、それは今の僕にはわからない。でも仕事じゃなくてもずっと続けたい〉。そう決意したこと以上に大事なことは、その思いを理解してくれる相手と出会えたことだ。〈好きなことと仕事が結びついてないことは人生の失敗でもなんでもないよな、きっとな〉。

『どうぞ愛をお叫びください』の主人公は、挫折を乗り越えられた理由をこう語っていた。「一人じゃなかったからだよ。僕だけじゃなかったから」。

 仲間がいるから、前に進める。強い自分でいられる。

 二作は共に、その喜びを描き出している。

新潮社 小説新潮
2020年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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