「マグマ大使」のゴア、「人造人間キカイダー」のハカイダーなど悪者好きが高じて!?『さもしい浪人が行く』田中啓文

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さもしい浪人が行く 元禄八犬伝 一

『さもしい浪人が行く 元禄八犬伝 一』

著者
田中 啓文 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087441611
発売日
2020/09/18
価格
748円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「マグマ大使」のゴア、「人造人間キカイダー」のハカイダーなど悪者好きが高じて!?『さもしい浪人が行く』田中啓文

[レビュアー] 田中啓文(作家)

「わるもん」が好き

 こどもの頃から「悪役」が好きだった。「ウルトラマン」でも、主役であるウルトラマンにはなんの興味もなく、ひたすら怪獣にあこがれた。「マグマ大使」のゴア、「仮面の忍者赤影」の甲賀幻妖斎や魔風雷丸、「人造人間キカイダー」のプロフェッサー・ギルやハカイダーなどなど……とにかく「悪者」がかっこよかったのだ。だから、帝都をぶち壊していたゴジラがいつのまにか「正義の味方」になってしまったときには「最低か! 」と憤(いきどお)った。
 というわけで、ピカレスクとかノワールとかいうのに心惹かれていたわけですね。「ルパン三世」が好きだったのも、ルパン一味が「泥棒」だったからなのだが、残念ながらこれもいつのまにやら正義の味方になってしまった。東京を焼き払っていたゴジラが、法を犯してお宝を盗んでいたルパン三世が、権力側に取り込まれてしまうのだ。怖い怖い。もともと正義の味方な連中は仕方がないが、悪役が人気が出るにつれてつぎつぎと「ええもん」に転向していくことがほんとに嫌だった。
 マカロニ・ウエスタンが好きなのもたぶん「わるもん」好きのせいだと思う。マカロニ・ウエスタンの主人公は、正義と平和のため、ではなく、金のため、復讐のため、自分のため……に戦う。酒飲みで博打好きでがめつく小汚いニヒルな野郎がじつはめちゃくちゃ早撃ちで、権力に蟻のように群がっている連中をぶっ殺す……。この「反権力」というのはかなり大事なことに私には思える。
 しかし、マカロニ・ウエスタン的なものは日本にも昔っから存在した。それは歌舞伎であり、講談であり、浪曲である。とくに歌舞伎は金のためにひと殺しをするやつや、白浪ものといって泥棒が礼賛(らいさん)されたりする。
 おまえはさっきからなにを書いているのだ、という方もおられると思うが、もう少し付き合ってほしい。そんな具合に「わるもん」に惹かれていた私だったが、小学校五年生のときにNHKで「新八犬伝」という人形劇がはじまった。最初は、「新発見伝? エジソンとかニュートンが出てくるような教育番組か? 」と思っていたらさにあらず。滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』を下敷きにした波乱万丈の物語だったのである。辻村ジュサブローさんのすばらしい人形と坂本九さんの語り、多彩な声優陣、絶妙な操演陣、そしてなにより石山透さんの「馬琴の原作を下敷きにしているはずなのになにが起きるかわからない」脚本によって最高の番組となったこの「新八犬伝」は、当初一年の予定が二年も続く人気番組となった。月から金まで週五回放映しての二年だからすごいですよね(全四六四話だそうである)。そしてこの番組に田中少年はすっかりはまってしまったのだ。理由は登場する悪役たちがじつに魅力的だったからである。
 とにかく勧善懲悪の物語のはずなのに悪役がめちゃくちゃ面白く、かっこよく描かれていた。「われこそは玉梓(たまずさ)が怨霊」の名台詞とともに現れる玉梓、蟇六(ひきろく)・亀篠(かめざさ)夫婦、毒婦舟虫(ふなむし)(馬琴の原作では船虫)、関東管領扇谷定正(おうぎがやつさだまさ)、海賊漏右衛門(もりえもん)……といった連中が入れ替わり立ち替わり現れては八犬士を悩ませる。なかでも、「さもしい浪人網干左母二郎(あぼしさもじろう)」(馬琴の原作では網乾)という甲高い声での名台詞とともに登場する網干左母二郎は、黒い着流しにニヒルな風貌という歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の斧定九郎(おのさだくろう)のような雰囲気でものすごく好きだった。これは全国のこどもたちも同じだったらしく、左母二郎は大人気となり、学校で真似をするこどもが増えた(はずだ)。そして、原作では登場したらすぐに死んでしまうこの左母二郎は、あまりの人気ゆえ、な、な、なんと最終回まで死なずに活躍することとなったのである。左母二郎は世界征服を目論(もくろ)むような大悪人ではなく、ただの小悪党である。ものを盗んだり、ひとをだましたり脅したりして金を巻き上げたりするだけだ。なにしろ自分から「さもしい(心根がいやしい。あさましい)浪人」と名乗り、名前にまでしてしまっているぐらいだから、そんなどえらいことはしでかさない。だからこそクールで、超然としていられるのだ。しかもけっこう腕が立つ。こういうキャラが好きなんですねー。
 というわけで、いつかこの左母二郎みたいな小悪党キャラが活躍する時代劇を書いてみたい、と思っていたのだが、あるとき気づいたのだ、「左母二郎みたいな、じゃなくて、左母二郎を主人公にしたらいいのだ! 」と。こうして生まれたのがこの『さもしい浪人が行く 元禄八犬伝』である。毒婦船虫もレギュラー出演している。このふたりに鴎尻(かもめじり)の並四郎(なみしろう)という盗賊を加えた「わるもん」三人組が主役だが、読んでいただくと「おい、こいつらってもしかしたら〇〇では? 」……と思ったあなた、「大正解」です。

田中啓文
たなか・ひろふみ●作家。
1962年大阪府生まれ。93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する緑」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。著書に『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(星雲賞日本短編部門)『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等多数。

青春と読書
2020年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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