女優の杏が語る 私と村井さんの共通点

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村井さんちの生活

『村井さんちの生活』

著者
村井 理子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103535515
発売日
2020/08/27
価格
1,595円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

私と村井さんの共通点

[レビュアー] (女優)

杏・評「私と村井さんの共通点」

 私と村井さんの共通点。ハリーというラブラドール犬を飼って、双子がいる。と言っても、村井さんの方のハリーは現在進行形、私の方のハリーは、私が子供の頃飼っていた犬であり、村井さんの方の双子は男の子、私の方の双子は女の子。

 むしろ対照的? 似て非なる? と言いつつ、なかなかの共通点ではありませんか? 犬の種類と名前の両方が一致するなんて。私ははじめて村井さんのエッセイを読ませていただいた時に「あっ!」と声を出して驚いた。ハリー! ラブラドール!! 厳密に言えば「私のハリー」は父の犬で、私が飼うと決断したり、散歩した訳では無かったが(当時小学生の、それも犬より下と思われていた末っ子の私には、到底散歩はできなかった)、きょうだいのように暮らしたので、思い入れはたっぷりある。

 村井さん、とお会いしたことも無いのに勝手に呼んで、「双子の親」同士と勝手に親近感を持ってはいるが、村井さんのところの双子はもう中学生だ。まだ小さい双子と年子の弟の、未就学児三人を抱える私としては、子供達が一人で外出することさえ想像できないが、「こんなやり取りが私にもあるのかな」と想像してみたり、村井さんちのように、個別の部屋ができてもまだ一緒に寝てくれるのか、とほっこりしたり、さらにそのさきを想像して寂しくなったり。

 翻訳家のお仕事、母としての仕事、夫や子供達や犬との生活、自分の好きなこと、また、身体のこと。目まぐるしく慌ただしく、エッセイの中に詰まった四年間をあっという間に読み進める。リアルタイムでそのつど書かれたエッセイには、作られたストーリーではない「物語」がたくさん詰まっている。書きはじめた時の視点から本の終わりを眺めると、その時には全く存在しなかった「未来」の話だ。

 あぁ、こうしてその時の自分の生活を形に残していくことは、本当に素晴らしいことなのだな、と改めて思った。書いておかないとせっかくの出来事を忘れてしまうこともある。また、こうして書かれたものを家族と共有できるのも良い。友人知人、さらには見知らぬ人とまで分かち合えるのだ。

 子供を育てるようになってから、プロアマ(?)問わず、本にネットに、様々な形で触れることができる子育てエッセイをよく読むようになった。実際のところ、他の家庭はどのように暮らしているか、また、その暮らしを、その人のフィルターを通してどのように感じて、さらに文章や絵の形に表しているのか。笑ったり、心配したり、安心したり、共感したり。定期的に読んでいると、その子供のことまで知っているような気持ちになって、勝手に成長を見守っている。

 そうだった、私と村井さんの共通点がもう一つあった、エッセイの本を出版したことだ。私が易々と肩を並べることなどおこがましいが、私もいくつか本を出した。拙いながら、やはり、その時々の自分を形にできる機会に恵まれて、幸運だったと思っている。

 二十代の私の文章は、「言葉をひらがなに開く」ことになんだか抵抗があって、やけに漢字が多い。読み返すと、硬い!!と思うところも多い。きちんと漢字を使わねば!というミクロな意気込みもわかるが、俯瞰の読み進めやすさをきちんと意識しなさい、と当時の私に言いたい。改行ももっとしておこう。読みやすくなる上に、かさも増して良いことばっかりじゃないか。でもきっと、あれがあの時の私だったのだ。そこに変な、若さゆえの真面目さのようなものもあって「手書きの筆の走り」に似たようなものを感じる。そんなことを偉そうに言っている三十代の今のこの文章だって、後から読んだら「何言っていたんだ」と頭を抱えるかもしれないが。

「村井さんち」に話を戻す。このエッセイには、二〇二〇年三月の、コロナによる休校、自粛生活も書かれている。今もまだ、収束したとは言えない状況だけど、この混乱の始まりの時期。全世界がピタッと止まって、その影響からか気温さえ低くなったような気がして、夜、季節よりも冷たい風を感じながら月を見上げて、何もかもが変わった、と肌で感じた最初の瞬間。目次を見た時から「村井さんちはあの時期をどのように過ごしていたんだろう」と気になっていた。二日、二十二日、四十日、五十日……と書かれる日数が重なり「先が見えない、反抗期の男子、ゲームばっかり!」の「無理三部作」から「諦め」の境地に達する。そしてそこに広がる、青い空。思い描いていた理想の姿ではないかもしれないけれど、後にも先にもなかなか経験しないような非日常が降りかかった時期の記録として、こういうものこそ残して、後世に伝えたいと思う。数十年後の子供達が学校の宿題で「あの時どう感じていたの?」とインタビューしたり、文献を調べたりするなら、この本を読んでほしい。この本は「村井さんち」の歴史の一部だが、ひいては、平成から令和の、今の日本を切り取る歴史の中の日常を描いた一冊でもあるのだ。

新潮社 波
2020年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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