『この本を盗む者は』
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深緑野分の新刊は途中でやめられないページターナー! ファンタスティックな仕掛けも!『この本を盗む者は』
[レビュアー] 金原瑞人(法政大学教授・翻訳家)
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(評者:金原 瑞人 / 翻訳家)
読長町の中央に、地下二階から地上二階までの巨大な書庫がある。希代の書物蒐集家である、御倉嘉市とその娘が集め続けた大コレクションだ。昔は一般に開放されていたのだが、約二百冊の稀覯本が一時に盗まれるという事件が起こり、以後、警報装置がつけられ、御倉一族以外の出入りは禁止となった。それだけではなく、「書物のひとつひとつに、奇妙な魔術」がかけられている、といううわさまである。
さて、本書の主人公は、嘉市の孫の娘、高校一年生の深冬。大方の予想を裏切って、まったくの本嫌い、「マンガ以外は一年に一冊たりとも読まない」と豪語している。ところが、ある日、書庫から本が盗まれた。そして、キョンシーの額に貼られた札のようなものに赤いインクで「この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる」と書かれていた。それと同時に、深冬と同じ制服を着た、あどけない少女が現れる。そして、空っぽの棚に残った一冊の本を読めという。深冬が「国語の教科書以外で本を読むのなんか、小学生の時以来なんだけど」といいながら本を開くと、それはマジックリアリズムの小説だった。それをきっかけに、ふたりが町に出てみると、そこはまさに小説に描かれていた町で、もちろん知っている顔はたくさんあるのだが、だれもがその町の人になりきっている。少女は深冬に、本泥棒をつかまえない限り、この町から出られないという。ところがだれが犯人なのかまったく見当がつかない。そのうち、深冬は耳が生えて、手足や顔がオレンジ色の毛が覆われて、狐化していく。泥棒はどこに?
もちろん、深冬は危ういところでピンチから脱出するのだが、それもつかの間、次は「固ゆで玉子に閉じ込められる」という札によって、ハードボイルドの世界に放りこまれる。そして次は「幻想と蒸気の靄に包まれる」、そして……と続いて全五話で完結。
どのエピソードでも、深冬がそれにちなんだ本の一部を読まされることになるのだが、いうまでもなく、それはそのジャンルの本のパロディになっている。たとえば、
「……誰? お花の配達は頼んでないけど」
女は警察の騒ぎにも突然の訪問者にも怯んでいない。リッキー・マクロイは唇の端をあげて笑い、ダリアの花束を女に渡しつつドアの内側へ押し入る。安物のガラスのシャンデリアが客間のソファを照らしていた。間取りはあの部屋と同じだ。
「名前くらい名乗ったら? ミスター“誰かさん(ジョン・スミス)”?」
客間の半分開いた窓から乾いた風が警察官たちの罵声を乗せて吹いてくる。家具を蹴飛ばす音、ガラスが割れ砕け散る音──リッキーは女を振り返った。
「誰かに訊かれたら、“マクロイが来た”と答えてくれ。それでジョーには通じるはずだ」「ジョー? 何者なの?」
「俺の墓掘り人さ」
思わず吹き出してしまった。うまい! ここだけでなく、どのエピソードの本の引用部も、各ジャンルの特徴を見事に捉えていて、それを茶目っ気たっぷりの文章にまとめている。それだけでも楽しいのだが、この本の困ったところは、深冬と少女の冒険が勢いよくハイピッチで進んで、ひとつを読み終わると、その勢いで次をつい読んでしまい、途中でやめられないことだ。そのうえ、どのエピソードもいきなり感が強く、展開も行き当たりばったりにみえるのだが、後半、あちこちに張られていた伏線がつながっていって、最後のほうでいきなりファンタスティックな仕掛けが発動する。
「何の話をしているんだ、深冬。昼寝がしたいのか?」
最後の最後で、このなにげない一文がマジックのように、すべてをきれいにまとめてしまう。この作品は、この一行から始まっていたのだ。