『この本を盗む者は』
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本を盗む者に呪いがかけられ世界が変わる 泥棒を捕まえない限り呪いは消えない…
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
物語に救われた、と人は言う。
だが本当に物語は現実に倦んだ人を救うだけなのだろうか。物語に心が囚われることはないのだろうか。
深緑野分『この本を盗む者は』を読みながら、そんなことを問いかけられているように感じた。第二次世界大戦を題材にした歴史ミステリーで過去に二度直木賞候補に挙がったこともある作者だが、本書はがらりと雰囲気の異なる幻想冒険小説だ。
読長町(よむながまち)は、個性ある書店が集中する通りがあることで知られている。その町に住まう御倉深冬(みくらみふゆ)は、しかし教科書以外の本をほとんど読んだことがない高校一年生だ。彼女の曽祖父である嘉市(かいち)は書物の蒐集家として名を轟かせた人物であり、建物全体が巨大な書庫になっている御倉館に彼の集めた本は保管されている。
深冬の叔母であるひるねは、かつてその蔵書をすべて読み切ったという驚異的な読書家だが、姪の目には怠惰な厄介者としか映らない。ある日深冬が御倉館を訪れると、そこでは異変が起きていた。相変わらず惰眠を貪るひるねの手には「この本を盗む者は、魔術的現実主義の旗に追われる」と書かれた護符が。
白い髪の少女・真白(ましろ)が深冬の前に現れた瞬間から世界は変貌を始める。真白によれば、御倉館の蔵書には本を盗んだ者への呪いがかけられているのだとか。それが発動し、マジック・リアリズムの世界に閉じ込められてしまったのだ。泥棒を捕まえなければ、呪いは解除できない。
連作形式の物語であり、毎回ジャンルの異なる本の世界に深冬は囚われる。そのたびに読長町の住人たちが怪しい姿に変わるのが可笑しい。世界を支配しているルールや呪いの正体といった謎が次第に明らかにされていく展開で、それと向き合いながら深冬が自分の深奥にあるものを発見していく成長小説にもなっている。虚構を通じて現実と向き合う小説であり、何かに囚われた心の哀しさが最後には描き出される。