『三島由紀夫事件 50年目の証言』
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貴重な証言や膨大な裁判記録をもとに事件の謎に迫った紛れもない労作
[レビュアー] 潮匡人(評論家)
これぞ労作と評して間違いない。「刑事参考記録」として保管されていた「三島由紀夫事件」の裁判記録の閲覧を、面倒な手続きと何ヶ月もの期間を経て、担当検事から許可された著者は、一部が黒塗りされた記録を、東京地検の事務室で、ようやく閲覧する。まだ話は終わらない。地検の係官は著者にこう告げた。
「コピー機での複写や写真撮影も許可しません」
かくして著者は「裁判記録の文字を(パソコンに)打ち込む作業に明け暮れることになった」。なんとも御苦労な話ではないか。
「私は挑戦した西氏の意気と持久力に敬服する」―「三島事件」に立ち会った徳岡孝夫に、こう言わしめた本書は、紛れもない労作といえよう。
古い類書に、『裁判記録「三島由紀夫事件」』があるが、同書の編著者はNHKの伊達宗克ながら「記者としての中立性を欠き(中略)客観的に描いていないのではないか」と思った著者は、「原記録に直接ふれたい」と、その考えを実行に移す。
著者は昭和三十一(一九五六)年生まれ。東大法学部卒業後、総合商社勤務を経て、文筆業に転じた。本書のベースとなった『死の貌 三島由紀夫の真実』(論創社)など、三島に関した著書を上梓してきた。
ただし本書は三島礼賛本の類ではない。たとえば、第一章の冒頭で(今年映画化された)三島と東大全共闘との討論集会における三島の発言を取り上げ、「ほんとうに天皇は(中略)三島の卒業式に臨席し、しかも三時間もいたのだろうか? 私が調べたところ事実は異なっていた」と証拠を挙げて指摘する。
あのとき市ヶ谷の「事件現場に駆けつけていた当時警視庁人事課長の佐々淳行に何度も会って話を聞くことができた」著者は「佐々と三島のあいだには秘められた数々のやり取りがあった」と明かす(佐々は後に初代内閣安全保障室長となった)。
こうした貴重な証言や膨大な裁判記録をもとに、著者は事件の謎に迫る。「なぜ三島は切腹と介錯による自決を、実質が軍隊である自衛隊敷地内の真っ只中で完遂できたのだろうか」と。
「三島事件には見えていない国家権力の意思が秘かにうごめいていた形跡がある」とみなす著者は、最後にこう嘆く。
「検察は裁判記録を積極的に開示しようというスピリットは皆無なのだ」「よりひろくそして公平に閲覧が認められることを切に望む」
半世紀を経てなお、事件の謎と闇は晴れていない。