三島由紀夫事件 50年目の証言 警察と自衛隊は何を知っていたか 西法太郎(ほうたろう)著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

三島由紀夫事件 50年目の証言 警察と自衛隊は何を知っていたか 西法太郎(ほうたろう)著

[レビュアー] 平山周吉(雑文家)

◆背景の国家権力を暴く

 半世紀も前の出来事なのにいまだに色褪(あ)せないのが「三島事件」である。私兵「楯の会」の学生四人を引き連れ、市ケ谷の自衛隊で檄文(げきぶん)を発し、決起を促し、総監室で切腹して果てた。マスコミ界最強の人気者であり、ノーベル文学賞候補作家の「憂国」は、その血なまぐさい肉体と共にいまも甦(よみが)えってくる。

 本書はその事件の全貌に迫ろうとした。しかも、その探究は動機や影響、思想性や文学性にとどまらない。自らの計画通りに事件を起こし、希望通りに死ねたのはなぜか。自衛隊という武装集団の真っただ中で、三島の「完璧主義」がなぜ可能だったのかという「謎」、いや、国家権力の「闇」に迫ろうとしている。

 事件当時、著者の西法太郎はまだ中学生だった。在野の三島研究者として書き始めるのは約十年前、本書は三冊目である。どの本にも足で集めた新情報が詰まっている。本書は最初の本『死の貌(かたち) 三島由紀夫の真実』第三章を発展させたものである。裁判記録の閲覧を申し出て読み込み、自衛隊と警察の関係者に直(じか)あたりし、当時の防衛庁長官・中曾根康弘の回想を逐一検討し、様々(さまざま)な文献資料に露頭する事実も手がかりに、事件の生々しい現場と、事件を可能にした大きな背景の双方を描き出そうとしている。

 三島と家族ぐるみで親しかった警察官僚・佐々淳行(さっさあつゆき)の「あれは戦後の歪みが出た異様な事件です」という証言は重い。死を賭した戦後日本への三島の問いかけは、著者の推論によれば、国家権力に利用され、周到に封印された。

 著者の前作『三島由紀夫は一〇代をどう生きたか』の中に、熊本の神風連(しんぷうれん)資料館を訪れたことが書かれていた。明治九(一八七六)年の神風連の乱は、晩年の三島に大きな影響を与え、『奔馬(ほんば)』に描かれた。「反近代」の士族反乱である。資料館には警察学校OB等が作った厚手の資料集『神風党の変』があった。公的記録と報道を網羅した本で、「神風連を貶(おとし)める記述はなく、崛起(くっき)の志に配慮した内容」だった。おそらく本書はその志を受け継いでいる。

(新潮社・1980円)

1956年生まれ。総合商社を経て文筆業。著書『死の貌 三島由紀夫の真実』など。

◆もう1冊

内海健『金閣を焼かなければならぬ 林養賢と三島由紀夫』(河出書房新社)

中日新聞 東京新聞
2020年11月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク