純文学としてフードファイトを描けるものか

レビュー

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純文学としてフードファイトを描けるものか

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


文藝 2021年春季号

 前回は、在野研究者・荒木優太と『文學界』編集部との間に勃発した同誌「新人小説月評」における文章削除事件で紙幅を使い切ってしまったので、今回は先月分もまとめて見ていきたい。ちなみに事件のその後だが、案の定、展開はない。後任には中堅文芸評論家の池田雄一が就いた。池田がこの欄に起用されるのは三度目となる。交替理由の説明などはなく、荒木がひっそり降ろされただけに終わったかたちだ。

 今回もっとも興味を引かれたのは、山下紘加「エラー」(文藝春季号)だった。理由は単純で、題材が珍しいからだ。主人公が女性フードファイターなのだ。

 語り手の「私」一果は、大食い大会のテレビ番組「真王」で連覇し、元グラビアアイドル、レースクイーンというルックスから「大食い界のプリンセス」と人気を博していた。そこに地味な見た目ながら圧倒的な強さの水島薫が現れ、一果の地位を脅かし始める。「真王」で勝つことが唯一の自己承認となっていた一果は追い詰められ、元モデルの恋人との関係も悪化し、ついに……という筋立て。

 読みどころは壮絶なフードファイト描写にあるのだが、ファイターとしてのプライドを実存に結び付けざるを得なかった点に、純文学的であろうとする弱みが出たように感じた。

 鴻池留衣「スーパーラヴドゥーイット」(すばる二月号)は、漫画家の卵の大吾郎が、自分の描いた理想の女の子である番子と「夢」の中で関係を結ぼうとするメタフィクション。この「夢」は、大吾郎の文字通りの夢であると同時に彼の作品でもある。番子は自分が作中人物だと察しており、主役である確信を得るために作者を探している。

 ここまではありがちだが、介入してくる齊藤というキャラクターが面白い。「夢」=作品の登場人物ではないと主張する齊藤は、大吾郎の担当編集者である一方で、番子の演技指導者でもあり、自分こそ本物の作者だと言い出すのである。

 編集者こそ真の作者だと言われる漫画制作をパロディ化しているわけだ。現実との呼応が露骨だが、主役はあくまで番子であることを確認しつつ読まれたい。

新潮社 週刊新潮
2021年3月25日花見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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