『夕凪の街 桜の国』
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現在まで続く被爆者や家族の苦しみを伝える
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「桜」です
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『この世界の片隅に』で知られる漫画家のこうの史代には、それ以前にも原爆をテーマにした作品がある。2004年刊行の『夕凪の街 桜の国』である。
前半の「夕凪の街」の主人公は、広島の原爆で父と姉、妹を亡くし、母と暮らす皆実(みなみ)。被爆の10年後、23歳のときに原爆症を発症して亡くなってしまう。
皆実には、疎開先の親戚宅にいて被爆を免れた弟・旭(あさひ)がいた。後半の「桜の国」の舞台は東京で、旭の娘・七波(ななみ)が主人公になる。
旭が結婚した女性、つまり七波の母も被爆しており、38歳の若さで原爆症で亡くなった。七波とその弟は被爆二世なのである。母の死が心の傷になっている七波は、弟の結婚問題を通して、被爆二世への差別に直面することになる。
原爆を描いた作品の多くが投下時やその直後を描いている。だがこの作品は、現在まで続く被爆者や家族の苦しみがテーマで、原爆が終わらない悲劇であることが静かに伝わってくる。
ナレーションにあたる説明文が一切なく、文字情報は会話だけ。巻末に解説があるものの、決してわかりやすい物語ではない。だが発表時の反響は大きく、版を重ねた。作品の質はもちろんだが、日本の漫画読者のレベルの高さもうかがい知ることができる。
桜は何度か登場するが、ラスト近くで、七波が歩道橋の上から散らした紙吹雪が、時をさかのぼって、亡き母に父がプロポーズした日の桜吹雪になる場面の美しさは、とりわけ胸を打つ。