コロナ禍とゾンビ禍――『感染捜査』著者新刊エッセイ 吉川英梨

エッセイ

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感染捜査

『感染捜査』

著者
吉川英梨 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334914059
発売日
2021/05/26
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

コロナ禍とゾンビ禍 吉川英梨

[レビュアー] 吉川英梨(作家)

 スプラッター映画は苦手、ゾンビ映画は敬遠していた私でしたが、ゾンビ警察小説『感染捜査』を刊行することになりました。きっかけはゾンビドラマの金字塔『ウォーキング・デッド』です。ゾンビに支配された終末世界が現代社会の不条理とリンクする展開、極限状態に置かれた人々をリアルに描いた深い人間ドラマに魅了され、私が書くなら「警察組織がリアルにゾンビと戦う姿」かしらと構想を練っていました。ちょうど海上保安庁の話も書き始めたころに「ゾンビモノは密室が盛り上がる」という真髄をとある編集者さんから聞き、「それなら舞台は船の上だ!」と海上保安庁も巻き込んで『感染捜査』は出来上がりました。

 奇(く)しくも執筆がコロナ禍と重なりました。本文中に出てくるゾンビ船と化したクイーン・マム号と、クラスターが発生したダイヤモンド・プリンセス号を重ねる方は多いと思います。東京オリンピックを優先する政府の措置と、作中の『ゾンビ船海上隔離措置』もどこかリンクしました。

 現場でゾンビと対峙(たいじ)せねばならない隊員たちの姿は、コロナ禍で疲弊(ひへい)する医療関係者の姿を投影しています。「自衛隊がいるのに彼らを頼れない」現実の縛(しば)りは、尖閣(せんかく)諸島で中国海警局の船とにらみ合いを続ける海上保安官の姿とも重なります。議論や決断を先送りにして未来の世代に「ゾンビの後始末」を押し付ける政府や社会の姿は、福島第一原発の現状と似ています。実際に書いてみると、現在の日本社会の歪(ひず)みと重なる部分が多く、ゾンビモノというコンテンツが持つ底力を改めて実感しました。

 たかがゾンビ、されどゾンビ。

 ある日突然、普通の人が家族や隣人を襲って食べる。咬(か)まれたらうつる。予算不足からモンスター造形ができずジョージ・A・ロメロが苦し紛(まぎ)れに考えたゾンビ設定が、これほどまでに愛されるいま、『感染捜査』がたくさんの方に読まれその末席に名を連ねることができたら光栄に思います。

光文社 小説宝石
2021年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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