コロナで窮地のビジネスが最先端に躍り出た舞台裏 山口由美『勝てる民泊: ウィズコロナの一軒家宿』

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

勝てる民泊

『勝てる民泊』

著者
山口 由美 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784104692057
発売日
2021/05/26
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

コロナで窮地のビジネスが最先端に躍り出た舞台裏

[レビュアー] 東良和(観光庁VISIT JAPAN大使・沖縄ツーリスト会長)

東良和・評「コロナで窮地のビジネスが最先端に躍り出た舞台裏」

 二〇一九年七月、箱根の大平台温泉に一軒家の民泊が開業した。著者が幼少期を過ごした実家、そのまま放置したら一年で朽ちると宣告された古民家が高級民泊「ヤマグチハウス アネックス」に生まれ変わったのだ。

 著者の山口由美さんは日本最古級のクラシックホテル箱根「富士屋ホテル」の創業家の流れをくむノンフィクション作家。観光のプロフェッショナルだ。世界中のホテルを取材してきた彼女が、民泊オーナーとしての手腕を問われている。いちばん厳しい視線を浴びせているのが、もうひとりの自分だろう。

 著者は「民泊」という言葉が大嫌いだったという。訪日客の急増で社会問題化した品質を顧みない都市型民泊を「儲かればいいだけの民泊」として一線を画し、ウィズコロナでも生き抜いて勝ち組となる民泊戦略を追い求めている。

 著者の民泊は感染防止にも適した一軒家、スタッフが誰もいない無人の宿だが、たとえゲストと直に顔を合わさずとも、共に働く(これまた離ればなれの)仲間たちとスマホで連絡をとり合いながら、高品質なおもてなしを「リモートホスピタリティ」という新たなコンセプトで提供していく。

 しかし、本業である作家の仕事をしながらの民泊経営は容易ではない。次々と起こる事件を夫と一緒に解決していく。現実と理想の間で葛藤する姿は臨場感があり、まるで隣に居合わせているような気分になる。ストーリーが面白いだけでなく、二〇一八年六月に施行された住宅宿泊事業法(民泊新法)の下でどのように民泊を開業したらいいのか、またゲストとのトラブルにどのように対処したらいいのかをゼロから体験できる実用書でもある。観光関係者には是非読んで欲しい。

 家主非居住型民泊を開業するにあたり住宅宿泊管理業者、運営代行業者や清掃業者を選定していくプロセスが順を追って分かり易く展開される。パートナーとなる業者を決めたり、マーケットを絞り込んだりする過程でその理由も示されている。開業後も平穏ではいられない。ゲストに畳を濡らされカビが生えたり、台風で温泉に不具合が出たり、トイレが使えなくなったりと、まるでテレビドラマのように問題が起こる。トラブルに直面した時、どんな気持ちで対処しているのかをさりげなく記しているが、実はそれが理想の民泊を目指す理念そのものであり、とても参考になる。

「ゲストのレビューが唯一最大の集客ツールである」。サイトでの口コミがいかに大切であるかを理解している著者は、一組ずつのレビューを真剣に読み丁寧に対応する。無人民泊のオーナーは、もっと鈍感であってもよさそうだが、サービスの質に敏感な著者は遥か遠くにいても代行業者任せにせず自ら問題解決にのり出す。著者自身も「たぶんにホテル経営者の娘として育ったからだと思う」と正直に書いている。

 開業と同時にリモートで登場する予約担当のウーさんとは一度も会っていないのに、ゲストが快適に過ごせるようにという目標を共有し心をかよわせる。リモートでも質の高いサービスが提供できると確信したのはこの出会いによるものだろう。そして、ウーさんの働き方はまさにテレワークの究極、お手本だ。あっぱれ!をあげたい。

 少し専門的になるが、商材としてモノ(製品)とは違うサービスの特性として、無形性、同時性、変動性、消滅性という四つが挙げられる。二つ目の同時性とは、例えばスパでスタッフが施術をしている時がサービスを「生産」している時で、顧客も同時に「消費」しているという概念だ。著者の提唱する「リモートホスピタリティ」は、その場に「同時」に居合わせなくても、ホスピタリティ溢れる質の高いサービス提供ができるというものだ。ウィズコロナに適応した非接触型サービスの付加価値向上のカギであり、いま流行りのデジタルトランスフォーメーション(DX)だ。でも、著者はそんな難しい言葉は使わない。平易な文章で物語が進行するところが素晴らしい。

 エピローグでは、木彫刻で有名な富山県井波で高級一棟貸しにこだわるBed and Craftが登場する。社長で建築家の山川智嗣さんの「職人に弟子入りできる宿」というコンセプトは日本の伝統工芸を支える新たな取組みとして中学校の教科書でも紹介されている。クリエイティブな民泊の可能性にはまだまだノビシロがある証拠である。

 著者の父親、祐司氏のコーネル大の後輩にあたる星野佳路・星野リゾート代表がウィズコロナで提唱した「マイクロツーリズム」という言葉と並んで、著者が提唱する「リモートホスピタリティ」が世界中に広がることを期待する。

 最後に、著者の代表作『箱根富士屋ホテル物語』もお薦めしたい。同時に読むと楽しさ百倍である。

(ひがし・よしかず 観光庁VISIT JAPAN大使・沖縄ツーリスト会長)

新潮社 波
2021年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク