警察小説の新ヒーロー、誕生! 鳴神響一『SIS 丹沢湖駐在 武田晴虎』が刊行!

レビュー

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SIS 丹沢湖駐在 武田晴虎

『SIS 丹沢湖駐在 武田晴虎』

著者
鳴神 響一 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758444088
発売日
2021/05/14
価格
814円(税込)

書籍情報:openBD

エッセイ 鳴神響一

[レビュアー] 鳴神響一(作家)

SIS 丹沢湖駐在 武田晴虎、刊行に寄せて

 その川にはクルマくらいもある大きな岩が、ごろごろと転がっていた。初めて見る山峡の景色に、幼い僕は身のすくむような恐怖を覚えた。

 本作の舞台を選んでいるとき、五歳の箒沢の記憶が鮮やかに蘇ってきた。杉並区の永福町で生まれた僕にとっては、あまりにも鮮烈な体験だった。よし、西丹沢でいこうと思ったのは、こころの奥底に眠っていたこの光景のためだと思う。丹沢湖にも中川温泉にもいくつかの記憶がある。だが、いまや僕の原風景のひとつともなっている箒沢の印象は抜きん出ている。ちなみに、このときの記憶がきっかけとなって、成長した僕は鮮烈な自然の姿を求めて日本各地を旅するようになる。いわば怖いもの見たさというこころの動きだったのだろうか。

 さて、舞台は決まった。続いて登場人物を考える。実は僕は自分に似た人間を書くことはない。自己嫌悪のためなのか、それとも逆相的なナルシシズムのためなのかは判然としない。デビュー作の『私が愛したサムライの娘』の諏訪左内にしても、僕と正反対の人物像である。信念に従って寡黙に目的に突き進むクールな男。おしゃべりで、なまけもので、ちっともかっこよくない僕とはまったく似ていない。

 僕の場合には、登場人物は計算して造形するものではない。なんとなく向こうからやってくるのである。だから、僕はぼんやりとした輪郭や経歴だけを考えてひたすら待つ。すると、ある日、とつぜん武田晴虎が「やぁ、待たせたな。そろそろ一緒にやろうか」とあいさつしてくるのだ。そうなると、日々、登場人物が語りかけてくれる。晴虎であれば「ここは俺にもっとかっこつけさせろよ」という具合である。いつも緊張のただ中にあるSISのリーダーを務めていたのに、日々静かな丹沢湖で地元の人のために生きようと考える晴虎は僕が頑張らなくてもかっこいいのである。亡き妻へ真摯な愛を抱き続けているところも、なんとも言えず素敵な男だ。

 話は変わるが、主人公が機嫌を損ねてしまうことがある。そうなると、始末に負えなくなる。物語がすっかり止まってしまう。ある作品の一巻を書いたときに、主人公がむくれてしまって、一ヶ月も執筆が滞ったことがある。慣れてきたのか、最近は、主人公の機嫌をとるのがうまくなったと自分でも思う。

 小説は作者と編集者との二人三脚だと聞くし、まったくその通りだと考えている。だが、僕の場合は、作者と編集者と主人公の三人四脚であるような気がする。

 物語自体もそうだ。僕は計算が苦手な人間なので、あまり細かく考えられない。ミステリを書くときには、おおまかな設計図は必要だから作る。だが、細かいところは執筆のなかで生まれてくる。だからプロットは版元にOKをもらうために、執筆開始の直前に数枚書くだけだ。

 こういう話を講演会などでするとまったく受けない。聴きに来て下さる方は、もっとシステマティックな小説の作り方を聞きたいのだとはわかっている。だが、僕は物語以外で嘘をつけない。また、いい加減に喋っているわけでもないのだ。

 いまここに、僕と角川春樹事務所のM氏と武田晴虎の三人四脚の物語が仕上がった。自分としては、なかなか満足している。なぜなら、晴虎がなかなかイキイキと動いてくれているからである。

 今回の晴虎は一回もむくれることもゴネることもなかった。いままでの主人公たちのなかでも、もっとも闊達に動いてくれたような気がする。晴虎は僕の物語に登場する主人公のなかで、いちばん気難しくない人物なのかもしれない。他社の話で恐縮だが、たとえば、真田夏希さんである。いつも安定しているように見えて、あれでなかなか気難しいのだ。もちろん、僕は好きなタイプなのだが……。

 かっこいい晴虎が力いっぱい活躍する本作。ぜひお手に取っていただければと願う。

 ***

【著者紹介】

鳴神響一(なるかみ・きょういち)

1962年東京都生まれ。中央大学法学部政治学科を卒業。2014年 『私が愛したサムライの娘』で第6回角川春樹小説賞を受賞しデビュー。15年同作で、第3回野村胡堂文学賞受賞。著書に「脳科学捜査官 真田夏希」などのシリーズのほか、『鬼船の城塞』『風巻 伊豆春嵐譜』などがある。

鳴神響一

角川春樹事務所 ランティエ
2021年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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