今の心境『闇に用いる力学 赤気篇・黄禍篇・青嵐篇』著者新刊エッセイ 竹本健治

エッセイ

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • 闇に用いる力学 赤気篇
  • 闇に用いる力学 黄禍篇
  • 闇に用いる力学 青嵐篇

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

今の心境 竹本健治

[レビュアー] 竹本健治(作家)

 デビュー作である『匣(はこ)の中の失楽』が本になって一、二年くらいのあいだだろうか、「読みました」という人に出会うたびに「申し訳ありません」と平謝りしていた。どこの馬の骨とも知れない新人の、面白いかどうかも分からないものを、しかも千二百枚もの枚数を読んで戴(いただ)いたのだから、感謝よりも陳謝の気持ちが湧いて出るのはごく自然な反射的反応だった。数年たって何となく評価が定まって以降は謝りこそしなくなったけれども、今でもその頃の感覚は尾を引いて残っている。

 短編ならそうでもないのだが、長編の場合は書いている最中になかなか自分で客観的評価ができず、執筆後に「いいものが書けた」と自信を持てることはまずない。特に記憶に残っているのが『カケスはカケスの森』で、自分が書いているものが面白いのかつまらないのかさっぱり分からず(というより、箸にも棒にもかからないものを書いているような気がして)悩まされたものだ。また、自分ではそれなりに手応えがあった場合でも、同時に「こんなヘンテコなものを喜んでくれる人がそうそういるわけないよな」という想(おも)いが並立して、「また売れないものを書いてしまった。これで作家生命も終わりかな」なんてことを考えてしまうのだ。

 そして今回の『闇に用いる力学』は手応えがどうのよりも客観的評価ができない典型で、それなりのものが書けたのか、とんでもない愚作を書いてしまったのか、連載の最中から、書き終わってしばらくたった現在もさっぱり分からないでいる。『ウロボロス』シリーズなどと違って、連載中にまわりからの反応もほぼ皆無だったのでなおさらだ。というわけで、今回は量的にも価格的にも『匣の中の失楽』のとき以上に、読んで戴いた人に謝る日々が続くだろうと思っている。いや、その前にここであらかじめ言っておこう。

「ごめんなさい」

光文社 小説宝石
2021年8・9月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク