松茸に人生を狂わせられた男の話

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半七捕物帳〈3〉

『半七捕物帳〈3〉』

著者
岡本綺堂 [著]
出版社
光文社
ISBN
9784334732318
発売日
2001/11/01
価格
748円(税込)

松茸に人生を狂わせられた男の話

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「秋の味覚」です

 ***

 松茸は江戸時代にすでに貴重な秋の味覚だったようだ。将軍様のためにわざわざ産地の上州から江戸まで松茸を運ぶ習わしがあったという。

 井上ひさしにこの松茸献上に材をとった短篇「新作艶笑落語 御松茸」がある。

 それによれば上州太田の金山という山が松茸の名産地だった。毎年、秋、松茸が出る頃になると、山は御禁制山となり、将軍家のために松茸が狩られる。

 松茸は香が命。香が失せぬうちに江戸城に届けようと太田から板橋まで駆け足で運ばれる。担ぎ手は宿場ごとにかわる。いまの駅伝のようなもの。松茸がいかに珍重されたかが分かる。

 岡本綺堂『半七捕物帳(三)新装版』に「松茸」という一篇がある。秋の一日、「わたし」は京都から松茸が届いたのでそれをみやげに半七老を訪ねる。

 松茸を見た半七老はかの松茸献上に関わる事件を思い出して語ってゆく。

 上州金山から江戸までの松茸献上は街道筋の者にとっては一大事。

 荷には「御松茸御用」の札が立てられ厳重に警戒された。万一、途中で粗相などあると厳罰に処せられる。

 半七が手がけた事件というのは、この松茸献上の人足が主人公。

 男は運ぶ途中、失敗をしでかす。厳罰を恐れ江戸へ遁走。食いつめたあげく悪さを働いて破滅する。松茸に人生を狂わせられた。

 ちなみに井上ひさしの短篇は、松茸を知らない娘が形から想像して男の一物と間違える落ちがつく。

新潮社 週刊新潮
2021年9月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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