『昭和史発掘 1』
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優遇されるエリートとその他軍閥の対立を描く
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「派閥」です
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全9巻からなる松本清張『昭和史発掘』は、二・二六事件についての記述の詳しさで知られている。この事件は皇道派と統制派という陸軍内の二つの派閥の争いの果てに起きた。簡単に言えば、天皇親政のもとで国家改造を行おうとしたのが皇道派で、皇道派の急進的な将校を抑え、軍中央の統制のもとで改革を行おうとしたのが統制派、となる。
だが、ほかの世界の派閥と同様、話はそう簡単ではない。二・二六事件を引き起こすに至った陸軍内の人間模様は、明治の建軍以来の歴史と人脈、戦役や事件、友情と打算、野心に義理人情と、各種の事情が絡み合い、ねじれあって生まれたものだ。清張はその複雑怪奇な人間関係をときほぐしていくが、決して話を単純化しない。多くの資料を引きながら、複雑なものを複雑なままに描きだしていく。
第5巻の「軍閥の暗闘」では、天保銭に似た徽章をつけていたことから「天保銭組」と呼ばれた陸軍大学卒のエリートと、それ以外の「無天組」の対立が説明される。皇道派の青年将校はそのほとんどが無天組だった。
清張はここで、憲兵司令部による「天保銭制度に対する普通将校の不平反感」という調査資料を出してくる。そこには優遇される天保銭組に対する無天組の怨嗟の声があふれている。
不満や不安を吸い上げて膨張し、時流に応じて形を変える派閥。ときにそれは国の運命を動かすことが、『昭和史発掘』からはリアルに伝わってくる。