次世代の社会的テーマを描く作家・高嶋哲夫が語る「日本自動車産業の危機」

インタビュー

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EV イブ

『EV イブ』

著者
高嶋 哲夫 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413916
発売日
2021/09/15
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

高嶋哲夫の世界

[文] 角川春樹事務所


高嶋哲夫

地球温暖化、また新たなる政治的な潮流であるSDGsによって、日本の自動車産業は危機を迎えている。
つねに時代の一歩先をいくテーマで社会への警鐘を鳴らし続けている作家・高嶋哲夫が今回題材としたのは「電気自動車」だ。国際社会における仁義なき技術競争の中で自動車大国・日本は生き残れるのか?

 ***

水害や火山噴火など興味があることはなんでも書くようにしています

――高嶋さんといえば作家であると同時に科学に精通され、時代の一歩先をいく予言者だと思いますが、どのようにテーマを選ばれているのですか。

高嶋哲夫(以下、高嶋) 実を言うと僕は本当は科学者になりたかったんです。今でも時々、もしなれていたらと思います。大学院を修了した年にアメリカに行きました。その時に、すごいスケールの大きさにカルチャーギャップを覚えて驚いたんです。ここに必ず戻って来ようと思いました。原子力研究所に勤めて書いた論文などをアメリカに送って、UCLAに行ったんだけれどもハッキリ言って落ちこぼれたんです。とにかく頭がついていかなくて。周囲を見ると作家志望の日本人が何人かいました。彼らに接してこっちの方がいいなと思って書く方に進みました。日本に帰ってきてから新人賞などに応募して、やっと通ったという感じです。ですから作家としての基礎がないんです。それで何を書くかといえば自分が興味のあるものを書いてきたんです。

――自然災害をテーマにした物語が多いですよね。

高嶋 震災関係はたまたま僕が神戸に住んでいて、阪神淡路大震災に遭ったということですね。まず『M8』を書いてその時に震災についてかなりの本を読みました。調べることはそれほど苦じゃないんです。日本というのは災害大国である。今後もまた大震災は起こるであろうし過去にもたくさん来ていると。『M8』が終わって編集者と話をしていて次もこういう路線で行きましょうと言われて。それじゃあ次は津波ですねと、『TSUNAMI』を書きました。水害や火山噴火など興味があることはなんでも書くようにしています。『M8』を書く時にかなり勉強したので、書く自信もあります。

――そうなんですね。お話を伺うとテーマにつながりがありますね。

高嶋 話題となった『首都感染』も20年以上も前に書いた、いま『バクテリア・ハザード』というタイトルで出ている作品がきっかけになっています。バクテリアのことを調べていたら、次に来るのはウイルスだと思いました。パンデミックという言葉をその時に初めて知ったんです。ほとんどの人は知らないけど、すごく響きがいいなと思っていて、ちょうどその十年後くらいにMERSやSARSが流行してじゃあ書こうと思いました。出版社に出したのは『パンデミック』というタイトルだったんですよ。ところが何のことかわからないだろうと、結局『首都感染』のタイトルに落ち着きました。これもすごくよかったです。

――時代の何歩も先を行っている印象ですね。

高嶋 今回は自動車のエネルギーについて書きたかったんです。原研にいた時は核融合をやっていました。将来的には原子力発電が有望だろうと思っていました。ところが東日本大震災でガタガタになってしまったので、自然エネルギーを中心にして書いたのが『ライジング・ロード』でこれはソーラーカーの話です。電気自動車にも関係してきます。その前に『風をつかまえて』という風車の話も書いています。今回話をいただいた時に車もいいのかなと。電気自動車を調べてみたらEUやアメリカの環境問題につながりました。グレタさんたちがCO2を出すものはダメだと言ってますが、日本の火力発電はすごく効率がいいんです。でもやはり欧米には認められない。

――日本の技術力はすごいんですね。

高嶋 ええ。技術はズバ抜けているんだけれど、欧米からみればそんなの関係ないんです。結局CO2出しているんじゃない? ということでバツがついてしまう。それとSDGs抜きでは今後の企業は成り立たないということです。日本はある部分では技術が進みすぎているんですね。要するに小手先の技術、ハイブリッドなどですよね。エンジンとモーターを組み合わせるすごく高度なものを作り上げているんです。トヨタがハイブリッドの特許のほぼ全てを公開したんですが、そのニュースを聞いた時、正直びっくりしました。

――本来であればあり得ない話ですね。

高嶋 なんであんなことするんだろうと。開発に何年もかかるすごいエンジン技術を無償公開してしまう。やはりトヨタも将来を見据えていたんでしょう。ハイブリッドをとにかく世界標準にしてしまえば、世界から見捨てられないだろうと。そうすればエンジン車もけっこう生き残れるんじゃないかという意識が強かったんでしょうね。ある程度はそれで行けた。でもやはり世界の脱二酸化炭素の波には抗しきれなかった。

――そういうことですね。ここで2030年問題が出てきますが。

おそらく地球温暖化防止ということでどんどん拍車がかかっていく

高嶋 はい。これは世界の流れですね。最終的には2050年を目指していると思います。2050年でカーボンニュートラル、これは世界で共通している。中国だけが10年遅れかな。その一つの節目として2030年があげられている。ただ実質的には2035年が割と節目になっているんですね。2035年にEUなどはエンジン車は売れなくなるとか。でも小説なんでちょっと前倒しにしておこうと。

――より危機感を際立たせていますね。

高嶋 でもおそらく変わるんじゃないかと思うんです。今年はドイツやフランスで、ものすごい水害が起こりましたし、これらはすべて地球温暖化、気候変動の一部だと言われています。あるいはカナダでも山火事が起こっている。だからおそらく地球温暖化防止ということでどんどん拍車がかかっていくと思います。コロナで全体が遅れていますが。EVへのシフトは多少早くなる可能性はありますね。そういうことも含めて前倒しにしておいたんです。

――世界的にはその流れでしょうね。日本も集中豪雨など異常気象が続いていますね。中国の建国100年も読んでいて気になりました。

高嶋 はい。中国ははっきり言って何をやるのかわからない。トップの意思次第で動く国ですから。いま電動化がいちばん進んでいるのは中国なんです。EVもピンキリで作っています。エアコンがないような車を作ったりモーターと蓄電池だけがあるような二人乗りのEV車とか。ああいうのをどんどん作っていって世界シェアを上げているんです。ある程度、世界シェアを上げられたら中国は突然、エンジン車もハイブリッド車もダメっていう可能性もあります。2049年の建国100年に軍事、経済まですべてにおいて世界一になるというのは現実性がありますね。

――隣国の脅威もまた危機感を煽りますね。欧米のブランド力と日本の技術力。それらのいい面をすべて中国が奪い去っていく流れが実にわかりやすく伝わってきました。

高嶋 ありがとうございます。

――この物語はある意味「日本沈没」的な話でもありますが、ショッキングだったのはただ自動車産業だけの問題じゃないことですね。エンジンから電気に変わるということで沢山の方たちの生活に関わってくる。細かな数字が並んでいるので説得力もあります。

高嶋 そうですね。実は予定としては去年、書けると思っていた作品なんです。しかし『首都感染』関連で取材もけっこう入りました。とにかく去年はコロナに力を入れ過ぎました。

――それくらい『首都感染』のインパクトがあったんですね。社会現象的な話題でしたから。臨場感もありますが実際に自動車会社に行かれたり取材されたりしましたか。

高嶋 いやいや。僕は直接の取材はあまりしないんですよ。多くは本を読むか新聞を読むかでやってきましたが、今はネットがすごいでしょう。ネットがあれば取材はいらないくらいです。ありがたい時代になりましたね。

――当事者に聞いてしまったら逆に書けないかもしれませんね。

高嶋 そうかもしれないですね。ただ最近の新聞記事にはEVの話がわりとあって、それを読むとけっこう当たっていたなという思いが強いです。時代が追いついてきたのかなという感覚です。考えてきたことにですね。ですから去年でなく今年でよかったという気もしています。

――この一年がいい方向に作用していたんですね。

高嶋 そうであれば嬉しいですが。新聞で話題になったとは言え一般の人はまだ知らないんですよね。

――僕も初めて知ったことばかりでした。

高嶋 そうですか。だからちょうどよかったという気もしています。専門家の間でも危機は叫ばれていたけれども、これほど急激にとは誰も思っていなかったみたいですね。去年の暮れくらいから本腰を入れて調べたり書いたりしているうちに、環境問題と絡んでEUとアメリカが急激にEV市場に移ってきて、具体的な数字も新聞などに出始めた。日本がEVにシフトすると五百万人以上の自動車関連の人がダメージを受けるとか。産業自体が変わっていくとか。電気自動車の充電スタンドを増やさなきゃダメだとか。ただ抜けているのは、日本のエネルギー構成の予測が出たのですが、将来的には、現在よりも電気使用量は少なくなるだろうという見積もりだったんです。これはおかしい。要するにEV化を進めるということはガソリンが電気になるんだから。

――置き換えられるわけですよね。

高嶋 確か全エネルギー量の20%近くあったかな。今まで使っていた運輸用のガソリンがすべて電気に置き換わるんだから、電力量は増えるはずです。もっとしっかり考えておかないとダメだと思います。そういうことも含めて書いているつもりです。

――足りない電力をどうするか。自然にどこまで頼れるか。原発をもう10基増やさないとダメというショッキングな話が出てきましたが。

高嶋 これはトヨタの豊田社長がYouTubeで言っていたことですね。豊田さんご自身もそんなに早急に移行してもこれだけ別のものがいるからダメだということを言いたかったんでしょうね。

――高嶋さんは車に対する特別な思い入れはありますか。瀬戸崎の実家が自動車修理工場で父親もガソリンの匂いとエンジンの音にのめり込んでいる姿が印象的です。

高嶋 僕自身は車は動けばいいくらいに思っていますが(笑)。おそらくそういう人はたくさんいるんだと思います。車に対する愛着のある方にもうガソリン車には乗れないんだよとは言いませんが重要なのは環境問題ですね。いまなんとかここを乗り切らないととんでもないことが起きるという。

――警鐘になっていますね。

高嶋 EVというのは電源としても使えるんです。大容量の蓄電池を積み込んでいて、エネルギー運搬車という考え方もできます。電力の一番の問題点はまず見えないということと、送る時にロスが出ることです。送電ロスですね。だからいちばんいいのは地産地消です。各家庭にソーラーパネルがあればいいんですね。家を建てる時に太陽パネルを取りつける。問題なのはそれを電力会社に売るっていう考え方なんですよね。高く買ってもらってその高い値段はぜんぶその辺の消費者の電力料金に割り当てるというのが今の方法なんですよ。だったらそれを蓄電池で溜めて、各家庭で送電ロスをなくして使えばいい。自動車に溜めればいいのです。自家用車っていうのは年中乗っているわけではないですよね。だから昼間、溜められる時に溜めておいて、夜は溜めておいた太陽光を使えばいい。二重に利用できるという考え方もできるわけです。中国は車でAIのためのビッグデータを集積して情報ソースとして使う。車は今後、いろんな使い方ができると思います。新しい発想で新しい物として車は生まれ変わっています。それが科学の進歩なんでしょうね。

――車は単なる運ぶための道具ではなくて今やコンピュータであると書かれていましたね。価値観がまったく変わってきていることを強く感じました。

高嶋 ステラという会社が登場しますが、完全にそういう考え方ですね。車はコンピュータと一緒で新しいデータがインターネットで入ってくる。車は古くなっても情報だけは常に新しいと。新規に書き換えられている車ですね。ステラはテスラがモデルです。

日本は変化に対する危機感がなさすぎる

――本当に変化しているんだなと感じます。日本はその変化に対する危機感がないというところでしょうか。

高嶋 危機感がないことと捨てるものが多すぎるということでしょう。そのために決断と新しい発想が遅れる。だから日本ではGAFAのような世界初の新しいIT関係の会社が出来ないですよね。楽天なんかにしても、やはり後追い的なもので概念を変えるような新技術というのはできていないと思います。SONYのウォークマンで止まっている。

――その時代からですか。

高嶋 あとは半導体なんかも全部負けています。これは政治的な理由だと思います。

――ワクチンの開発でもですね。政府の失策であると。

高嶋 台湾とかインドもワクチン開発ができています。これも、負けているというのは技術的なこともそうですがやはり政治的なところですね。もっと枠を取り外さないと自由な発想ができない。

――読みながらもいろんな問題が炙り出されてきますね。危機感に押しつぶされてしまいそうですが、高嶋さんの作品はそうは言っても人間には未来があると思わせてくれます。あえて光を灯しているのでしょうか。

高嶋 そうですね。小説として読んでほしいですね。

――希望を残すというのは文学、物語の力でしょう。

高嶋 ありがとうございます。そう言ってくださると嬉しいです。

――タイトルについてもお伺いしたいのですが。

高嶋 『EV イブ』にしたのは、どうしても小説のタイトルにしたかったからです。このタイトルなら小説っぽく感じませんか。その理由も物語の中に入れてみました。

――とても腑に落ちました。女性の「イブ」であり大きな事が起きる前夜としての「イブ」でもある。素晴らしいタイトルだと思います。

高嶋 ありがとうございます。

――読者にいちばん伝えたかったメッセージは何でしょうか。

高嶋 やはり日本は世界の中の一国であるということです。世界標準に合わせろというわけではないけれども、もう少し世界にしっかり目を向けていないと日本は沈没するということです。半導体もそうだったしワクチンの開発もそうです。世界に迎合するのではなく動き、流れを見ながら、日本も世界に歩調を合わせる。今度もハイブリッド車の扱い方です。すごい技術とわかっているけれども、世界には流れがある。いつ切り捨てられてもおかしくない。その準備は必要だということです。

――お話を聞いているだけで世界的な視野を持って僕らは生きていかねばならないと感じました。これはたくさんの人が読まなければならない物語ですね。

高嶋 ありがとうございます。

(2021年8月26日 電話にてインタビュー)

インタビュー:内田剛 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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